何のためにやっているの?

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(2007.5.6)

あるクリスチャンの女性は、様々な「良いこと」に没頭していました。礼拝、伝道会、祈祷会など、様々な集会に参加し、そこでも積極的に奉仕に加わりました。地域の奉仕活動にもいろいろ参加し、知り合いのお年寄りなどを訪問し、募金活動なども行ない……。

しかし、ある時、彼女は鬱になって倒れてしまいました。彼女は、「神さまのみこころだから」というもっともな理由で良いことを行なっていました。しかし、鬱になったおかげで、その本当の目的が明らかになりました。

彼女は、家庭の中で孤独でした。その寂しさに耐えられませんでした。でも、その正直な気持ちに自分でも気づかなかったため、寂しさをいやすため、誰かに助けを求めることをしませんでした。

代わりに、彼女は誰かに認めてもらえるような良い働き、誰かのためになる働きをすることで、他の人と一緒にいることを許してもらおうとしました。しかし、それでは何か人の役に立つ仕事をしているときだけ、誰かのそばにいることを許されているようなものです。役に立つ働きが受け入れられているのであって、この自分が受け入れられているわけではないと、彼女の無意識は知っています。ですから、本当の意味で彼女の孤独はいやされませんでした。

だからといって、一人になるのは怖いですから、働きをやめることもできません。報酬もなく、ただ忙しく働かされているようなものです。そこでついに、体が「もういい加減にしなよ!」とブレーキをかけてくれました。それが今回の鬱でした。

しかし、鬱になったおかげで、この女性は自分の中にある孤独感と向き合うことができました。そして、それをサポートしてくれる場所を見つけることができました。そこは、彼女が役に立っても立たなくても、ただそこにいるだけで喜んでくれる場所です。

本当の目的を隠したまま、何か別のことをやっている人が、実はたくさんいらっしゃいます。やっていることがいいか悪いかではなく、本当はどんな目的でやっているのか。それをじっくり考えてみましょう。そこに、あなたがさらに幸せになる道が隠されているはずです。

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