愛とはスキルである

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(2008.2.17)

私が折に触れて読み返す愛読書の一つに、「人望とはスキルである」という本があります(伊藤明著 光文社)。この本には、上司が部下に対して人望を獲得するためのノウハウが書かれていますが、上司と部下だけではなく、親子、夫婦、友人関係など、あらゆる人間関係にも応用することができます。

この中で、著者の伊藤先生は、「人望論」の本を読んで、「人望とは何か」についていくら学んだとしても、人望を身につけることはできないとおっしゃっています。それよりも、
  • 「お前、それは違うよ」と否定する前に、ウソでもいいから一言「おっ、なるほどな」「君の考えはそうなのか」と言うこと。
  • 部下が大きな声であいさつをしてきたとき、「あぁ」と適当な返事をしたり、無視したりせず、「おっ、元気いいね!」「いい声だね!」という一言で返すこと。
そういったことが大切だというのですね。スキルとは、身につけた技術や能力のことです。

私は大学で、教育学を学びました(教師になりたかったので。それが今ではこんなヤクザな商売に……)。その中で、図工教育のクラスを取ったとき、教授がこうおっしゃったのが印象に残っています。
これまでの図工教育は、あまりにも『自由に、あなたが思ったとおり表現しなさい』ということを強調しすぎたのかもしれない。対象を写術的に描写するための技術とか、遠近法とか、グラデーションの技術とか、絵の具をどのように混ぜるとどのような色が出るとか、そういう技術的なことが分からないために、子どもたちが『自由に、思い通りに表現しよう』と思っても、どうやって表現したらいいのか分からなくなってしまっているのかもしれないよ。
これは、作文、詩歌、作曲、料理、裁縫などでも同じかもしれませんね。

聖書は、「愛」をとても大切にしています。しかし、それは、心の中で愛情を持つということだけではなく、「相手に対して、どういう行動をするか」ということが問題にされていることが多いのです。イエスさまの弟ヤコブはこう言っています。

「もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、あなたがたのうちだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい。」と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう」(2:15-16)。

「父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです」(1:27)。


心を問題にしないで、何をするかばかりを追い求めれば偽善になります。しかし、心ばかりを問題にして、何をするかを無視しては、単なる自己満足になってしまいます。ハートと共に、何をするか(スキル)も追い求めましょう。「敵を赦す」とは、具体的に、誰に何をどのようにすることですか? 「弱者をあわれむ」とは、誰に何をどのようにすることですか?

誤解を恐れずに言います。「愛とはスキルである」。愛のスキルを磨いていきたいですね。

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