霊的天動説・地動説

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(2008.10.12)

ラジオを聴いていたら、「○○さんは天動説ですものね」という言葉が耳に入ってきました。

何だろうと思って、さらに聴いてみると、「世の中の全ての人や状況が、自分中心に回っているかのような生き方をしている」ということのようです。バラエティ番組ですので、もちろん軽い意味で使っていますが、まあ一言で言えば、自己中心ということでしょうかね。

天動説。本来の意味では、天とはもちろん天体のことですが、ラジオの話を聞いた時、「天=神さま」というふうに考えてみました。天動……自分は動かず、天が動く……。まるで神さまが私たちの奴隷であるかのように、ああしてください、こうしてくださいと願いばかりを並べ立てる……。いつの間にか、自分の祈りがそのようになってはいないだろうかと大いに反省させられました。

もちろん、神さまは主であると共に、私たちの父でもいらっしゃいます。私たちが正直に自分の願いを神さまに申し上げるのを、嫌がるどころかむしろ喜んでくださいます。遠慮なんかすると、逆に悲しまれるでしょう。ですから、嘆願の祈りがいけないというのではありません。むしろ、大いに神さまに嘆願の祈りをしましょう。

問題なのは、心の姿勢です。私たちが神さまのしもべなのであって、神さまが私たちのしもべなのではありません。預言者サムエルのように、「しもべは聞きます。お語りください」という姿勢を、常に忘れないようにしたいのです。「神さまがお命じになるなら、私はいつでもその通りにいたします」という覚悟で。

お互い、霊的地動説で生きていきたいものですね。

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