ゾンビの悔い改め

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(2009.7.12)

ある人が牧師に質問なさいました。「先生はよく、『自我に死ぬことが大切だ』とおっしゃいますが、それはどういう意味なんでしょうか」。

牧師はこう答えました。「家族か知人で亡くなった方がいらっしゃいますか? もしいらっしゃったら、その墓の前で、その人のことを誉めそやしたり馬鹿にしたりしてごらんなさい。その人はどんな反応をするでしょうか?」

「もちろん、何も言いませんよ」。

「自我に死ぬというのはそういうことです。誉められても高ぶったりしないし、馬鹿にされても怒ったり落ち込んだりしません」。

さて、凡夫たる私たちはなかなか死に切れませんね。死んだはずの自我がゾンビのようによみがえっては、高ぶったり怒ったり落ち込んだり……。

せめて、死んでなかったことに気がついて、そのたびごとに悔い改め、再び死なせてくださるようにと神さまに願う者でありたいと思います。

「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです」(ローマ6:4)

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