だまされた人

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(2010.1.24)

以前、広告代理店に勤める友人と、「今でも心に残っている昔のCM」というテーマで話をしたことがあります。私と友人が第一位に挙げたのが、何と同じCMでした。

酒場で友だちを待っている人がふと窓の外に視線を移すと、友だちが貧しそうな身なりの女性にお金を渡しているのが見えました。友だちが店に入ってきたとき、その人はこう言いました。「あの人、『子どもが病気なんです』って言っただろう?」 怪訝そうな顔つきの友だちに、彼は言います。「だまされたんだよ」。

すると、その友だちはほほえんで、「よかった」と言います。「病気の子どもはいなかったんだね」と。そして、二人で乾杯。

お酒のCMだったんですが、なんだか感動してしまいました。まず私などは「だまされた!」と言って、悔しがることでしょう。でも、もしもこのCMの友だちのような生き方ができたら、それはとても豊かな豊かな生き方だなあと思わされます。

そして、イエスさまは、この友だちのようなお方だなと思いました。私は、何度イエスさまをだまし、裏切り、その裏をかいて、何とか自分勝手な生き方を通そうとしたか分かりません。

それなのに、聖書や祈りを通して現れてくださるイエスさまは、私の行動や心を見て善し悪しを論じるのではなく、私の存在そのものをぎゅーっと抱きしめるような、そんなまなざしを持っていらっしゃいます。そのまなざしで見つめられたら、なんだか嬉しくなってしまいます。そうして、イエスさまに従わなきゃなあと思わされるのです。

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