我未だ木鶏たり得ず

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(2010.3.28)

タイトルの言葉は、1939年の大相撲1月場所で、70連勝を安藝ノ海に阻止された時、横綱双葉山が語った言葉だそうです。これは中国の故事に基づいています。

中国のある王さまは闘鶏が大好きでした。そして、自分のシャモも闘鶏の試合に出してみたくて、国一番の調教名人のところに、一番元気の良い若鶏を託しました。

ある日、王さまが預けたシャモを見に行くと、元気良く羽をばたばたとやっていました。「そろそろ闘鶏に出しても良かろう」と言うと、名人は「いえ、まだ見かけだけで風格がございません」と言います。

しばらくしてまた見に行くと、今度は背筋をしゃんとして堂々と歩いております。「そろそろ良かろう」と言うと、「いえ、目つきが鋭すぎ、闘志が空回りしております」との答え。

またしばらくして見に行くと、なんとあの元気の良かったシャモが、目つきはとろんとし、まったく動きもしないではありませんか。「なんということだ。これでは木彫りの鶏ではないか」と王さまが怒りますと、かの名人は「これこそ最強のシャモでございます」と笑顔で答えました。その言葉通り、試合に出してみると連戦連勝、向かうところ敵なしだったのです。

双葉山のあの言葉は、「自分もまだまだ未熟だ」という謙遜と同時に、「このままで終わるものか」という不屈の闘志を感じさせられます。実際、双葉山は、その後7回も優勝します(当時は一年二場所制でした)。

あなたも、まだまだ木鶏ではありません。名人であるキリストによって、無限の可能性を引き出していただきましょう。

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