礼拝って何ですか?

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(2010.11.14)

「礼拝とは何ですか?」と尋ねられたら、あなたはどう答えますか。「それは日曜朝10時半から行なわれている教会の集会の名称です」。しかし、10時半以外の時間に始まる礼拝式もありますし、日曜以外の日に礼拝式を持つ教会もあります。また、礼拝は婦人会や祈祷会とどう違うのでしょうか。

礼拝とは、祈ることでしょうか、賛美歌を歌うことでしょうか、メッセージを聞くことでしょうか、聖書の朗読に耳を傾けることでしょうか、静かに黙想することでしょうか……人によっていろんなイメージがあるでしょう。

神さまを礼拝するとは、一言で言えば「神さまに最高の価値があることを宣言すること」だと言えます。すなわち神さまのすばらしさ(たとえば愛やきよさといったご性質、行動、力など)を称賛することです。神さまに栄光を帰することです。神さまを、そのすばらしさゆえに誇ることです。

中通りコミュニティ・チャーチの礼拝式の冒頭には、詩篇100篇が朗読されます。

全地よ。主に向かって喜びの声を上げよ。喜びを持って主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。知れ。主こそ神。主が私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、はいれ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。主はいつくしみ深くその恵みはとこしえまで、その真実は世々に至る」。

メッセージや交読文は、聖書に記されている神のすばらしさを我々に啓示します。賛美歌を歌ったり、祈りや黙想する中で私たちはその神のすばらしさを賞賛します。涙をもって悔い改めている時ですら、我々は神を称賛しているのです。このような罪人の私を子として受け入れてくださった神さまの愛の大きさ、そのために十字架にかかって下さったイエスさまの恵みの大きさを認めているのですから。

礼拝は単なる気分ではありません。気分的には神さまのことをすばらしいとは感じられなくても礼拝することはできます。なぜなら神さまのすばらしさは、私たちが認めようと認めまいと絶対の事実なのですから。

ですから礼拝は「神さまに対する人の応答」と言うことができます。それは積極的に応答すること……参加することです。「あなた自身」が神さまのすばらしいご性質やみわざに目をとめ、それを称賛し、神さまが本当にすばらしいお方であることを認めて、それを実際に表現することです。礼拝は、説教者や司会者が作りあげるものではなく、参加する会衆一人一人が作りあげるものだということがお分かりいただけたでしょうか。

今日も、あちこちの教会で礼拝式が行なわれます。神さまのすばらしさを、今日も 共にほめたたえようではありませんか!

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