大いなることを企てよう

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(2011.7.17)

イギリスのウィリアム・ケアリ(1761-1834)は、靴屋の息子として生まれ、小さいときから家の仕事を手伝ってきました。しかし、16歳の時に回心してクリスチャンとなってから、彼は仕事場に世界地図を貼り、世界のどこかにキリストの救いのメッセージを伝える働きをしたいと祈るようになりました。

やがて、ケアリの心には「インドに行って伝道したい」というはっきりとした願いが生じ、それが日々強まっていきました。そこで彼は、靴の修理の仕事を続けながら、独学でギリシャ語をマスターし、やがて大学に進んで牧師となりました。

ある時、ケアリは、今こそ宣教団体を作って宣教師を世界に派遣すべきだというビジョンを、神さまから与えられたと感じました。彼はそれを教団のリーダーたちに提案しました。すると一人のリーダーがこう言いました。「神は全能ではないのだろうか。もし神が世界宣教を望まれるなら、あなたや私の助けを借りないでも、おひとりでそれを実現なさるだろう」。

しかし、ケアリはあきらめませんでした。聖書の中で、キリストがはっきりと世界宣教を命じていたからです。そして、数年後の1792年、彼はノッチンガムの年会における説教で、「神に大いなることを期待しよう。そして、神のために大いなることを企てよう」と語りました。

この説教に奮い立った人々によって、ついに宣教団体が設立されました。そして翌年、ケアリ自身が、かつて与えられた夢の通り、宣教団体から遣わされてインドに渡ります。彼はわずか1年で現地語をマスターし、インドで多くの人々を救いに導きました。そして、その後6つの言語に聖書全巻を翻訳し、24の言語で部分訳を行ないました。

神さまの全知全能を信じ、神さまの助けを信じることと、神さまのために自ら計画し、自ら行動することは矛盾するようで、実は矛盾しません。「お導き」とか「みこころ」とかを、「何も行動しないこと」の言い訳にしないで、皆さんがすでに行なっておられるように、神さまが自分の意志や願いさえも正しく導いてくださると信じながら、神さまと人とのために大きなことを計画し、実行していきたいですね。

「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです」(ピリピ2:13)。

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