自信の土台

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(2012.1.15)

ある女性が離婚してしまいました。そのことで、自分は人生の失敗者だと思い、ずいぶんと悩み苦しみました。悩んだあげく、彼女は知人に勧められるままに教会に足を向けました。

最初は、何か嫌なことを言われるのではないかと心配していましたが、決してそんなことはありませんでした。教会に集うクリスチャンたちは、彼女が離婚したと知っても知らなくても、態度を変えず、そのままで温かく迎え入れてくれました。

礼拝や家庭集会に出席するうちに、教会の人たちが温かい理由が分かってきました。イエス・キリストの十字架の犠牲のおかげで、神さまは自分たちの罪をいっさい赦し、あるがままで神の子として受け入れてくださった。それを自分で体験している人たちだから、他の人をもそのままで愛することができるのだな、と。

程なくして彼女はクリスチャンになりました。毎週礼拝に出席し、毎日聖書を読み、祈りました。そして、一瞬一瞬、神さまがどんなに自分のことを愛していてくださるかということを確認し続けました。そうして、離婚の痛手からも解放され、解放されすぎて、結婚カウンセラーになったのです。

同窓会がありました。彼女の現在の仕事を知ったクラスメイトの一人が思わず、「え、あなたが?」と口走ってしまいました。言葉には出しませんでしたが、「結婚に失敗した者が、なにを偉そうに他人にアドバイスできるのか」というメッセージが込められています。

しかし、すっかり解放されていた彼女は、そんな言葉に引き下げられませんでした。「ええ。結婚生活に問題を抱えて離婚してしまった私だからこそ、若いカップルにアドバイスできることがあると思うの」と、にっこりほほえんで答えました。そう、まったく突っ張ったり気負ったりすることなく。

あなたの自信の土台はどこにありますか? 神さまの愛に土台を据えることができたなら、他の人々の言葉や態度に動揺したり、一喜一憂したりすることが少なくなくなっていくことでしょう。

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