引き下げに負けないために

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コリント人への第2の手紙10章12〜18節

(2009.4.5)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

私たちの周りには、他人を馬鹿にしたり、批判したり、引き下げたりするようなメッセージに満ちています。そのような否定的なメッセージによって、私たちは多くの痛手を負ってしまいます。どのように対処すればよいのでしょうか。

1.戦いはあるのだと認めよう

パウロへの批判

パウロは、教会の外の人たちからも非難されましたが、教会内にも批判者がいました。彼らは、パウロのことを、話し下手、献金泥棒、嘘つきなどと、いわれのない非難を浴びせたのです。

戦いはある

パウロだけでなく、多くのクリスチャンたちが、批判を浴びました。あのような素晴らしい働きをした、マザー・テレサでさえです。それどころか、罪を全く犯さなかったイエス・キリストでさえも、いろいろと批判されました。

クリスチャンだから、立派な生き方をしているから、批判されないということはありません。何をやっても批判する人はいるものです。その現実をまずはしっかりと認めましょう。

神はすべてお見通し

3節で「私たちは肉にあって歩んではいても、肉に従って戦ってはいません」と書かれています。この「肉にあって歩む」とは、「超人ではなく、人としての弱さを持った存在だ」という意味です。クリスチャンだって、叩かれれば痛いし、ひどいことを言われれば苦しむのです。

しかし、神さまはそれをご存じです。「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです」(ヘブル4:15)

全知全能の神さまが、あなたの痛みをご存じだという事実を知るとき、問題に対する見方が少し変わりませんか?

2.真の敵と戦おう

偽教師

パウロを批判していたのは、主に偽教師たちでした。

この当時、教会は爆発的に成長していましたので、伝道者や牧師の数は圧倒的に不足していました。そこで、伝道者たちは町々を巡回しながら、教会を教えていました。

しかし、そんな巡回教師の中には、教会に多額の献金を要求する者もいれば、異端の教えを持ち込む者もいました。パウロは(そして他の使徒たちも)は、偽教師たちから見れば邪魔者でした。そこで、激しい非難を浴びせました。

パウロたちは、教会を守るために、偽教師相手に大変な戦いを強いられていたのです。

霊の戦い

しかし、本当の敵は、人々をイエスさまから引き離そうとするサタンとその配下の悪霊たちでした。

あなたを引き下げようとするメッセージに、いちいち振り回されない秘訣は、引き下げを感じたら、「ああ、また悪魔のやつが私を落ち込ませようとしてるんだな」と、まずは本当の敵の存在に気づくことです。人にではなく、本当の敵に焦点を合わせましょう。

神の武具

悪魔に対しては、人の知恵や力は役に立ちません。神の武具に身を包みましょう。

「悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。
では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい」(エペソ6:11-17)


どんなに罪深いものだと悪魔が責めてきても、自分はイエスさまによって救われ、神さまに受け入れられている者だということを、みことばによって信じること、そしてそれを悪魔に向かって宣言すること。これが霊の戦いに勝利する道です。

3.自信の土台を据えよう

比較しない

パウロは、自分に与えられた限度…賜物、任務、責任など…を知っていました。その範囲内については力を尽くしました。それ以外のところについては、他人と比較して一喜一憂することをしませんでした。

たとえば、コリント教会には、パウロの他にペテロやアポロといった優れた伝道者が巡回して教えました。ペテロはキリストの直弟子でしたし、アポロは説教がきわめて上手でした。パウロの敵は、ペテロやアポロに比べて、パウロが劣っていると批判したようですが、当のパウロ自身は、ペテロたちと自分を比較してどちらが優れているかなどという低次元の争いをしようとはしませんでした。

本当の自信を持つ

人と比較したり、人が自分をどう評価するかということを基準にすれば、優劣がはっきりします。しかし、それを自信の種にしていると、置かれた環境によって一喜一憂することになります。

しかし、人の評価以外のところに、自信の土台を持っている人は、他人が何を言おうと、それによってアップダウンすることはありません。

神による推薦

17-18節で、パウロは神さまによる推薦を求めるように勧めています。

人ではなく、神さまがあなたをどのように評価しておられるかということこそ、最も大切な基準です。ここに自信の土台を据えるとき、どんなときにも自信を持って事を行なうことができます。

まとめ

あなたは、自信の土台をどこに据えていますか? イエスさまの十字架と復活による救いこそ、あなたの自信の土台です。

また、そういう真の自信を身につけた人は、他の人を勇気づけ、真の自信を与えることもできます。

神さまのあなたへの評価を学ぶため、いつもみことばに親しみましょう。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。

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