永遠のいのちの給食

トップページ聖書のメッセージ集2009年 > このページ


マタイによる福音書14章13〜21節

(2009.9.20)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

イエスさまは、5つのパンと2匹の小魚によって、5000人(これは13歳以上の成人男性だけの数ですから、女性や子どもを入れれば、おそらく1万人を超えたことでしょう)のおなかを満たしました。この奇跡は、今日に生きる私たちに何を教えてくれるのでしょうか。
5千人の給食学校の給食

1.永遠のいのち

イエスのまなざし

イエスさまは、「多くの群衆を見られ、彼らを深くあわれんで、彼らの病気を直され」ました(14節)。そして、おかかのすいた群衆を見て、彼らの飢えを、奇跡によっていやしてくださいました。

福音書には、問題を抱え、痛みを感じ、悲しみに打ち震えている人たちに深い共感と愛のまなざしを向けるイエスさまの姿が描かれています。たとえば、ヨハネ5:6(38年間病気だった人を見た)やルカ7:13(一人息子を亡くしたナインの未亡人を見た)の記事をお読みください。また、詩編139篇には、私たちを見守ってくださる神さまへの信頼が歌われています。

私たちを見守り、私たちの直面する問題をごらんになるイエスさまの愛のまなざし。これが奇跡の土台であり、始まりです。

あなたは今、悲しんでいますか? 悩んでいますか? むなしさを抱えていますか? それが何であれ、イエスさまはすべてご存じです。そして、助けの手をさしのべてくださいます。

イエスさまは、あなたの抱える問題そのものを、奇跡的に取り除いてくださるかもしれません。あるいは、問題に耐える力を与えてくださるかもしれません。ものの見方が変わって、もはや悩まなくなるかもしれません。他の状況を変えることで、問題がもはや問題でなくなるようにしてくださるかもしれません。一緒に戦う仲間を送ってくださるかもしれません。

いずれにしても、イエスさまは、あなたの問題に介入し、あなたを助けてくださいます。

永遠のいのちに至る食物

さて、パンと魚でおなかいっぱい食べた人々は、熱狂し、イエスさまについて行きました。イエスさまたちは舟で湖の向こう岸に行かれたのですが、嵐で舟が立ち往生しているうちに、先回りして待ち構えていたのです。

平行記事であるヨハネ6章には、そのときのイエスさまの言葉が記されています。

「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです」(ヨハネ6:26-27)。

イエスさまは、「なくなる食物」とおっしゃいました。そして、永遠のいのちに至る食物と。

よく使われるたとえですが、魚を一匹あげたなら、それを食べて満腹するでしょうが、すぐにおなかがすいてしまいます。しかし、魚の釣り方を教えてあげたなら、その人は一生食うに困らない、と。
魚の釣り方を教えると
外から与えられるのではなく、自分の内側からわき上がってくる喜びや感動。状況によって左右されるのではなく、どんなときでも幸せを見つけ出すことができる力。イエスさまは、そういう力を私たちに与えたいと思われました。

5千人の給食の奇跡は、ただ人々のおなかを満たしたというだけでなく、永遠のいのちが与えられるということを象徴しています。

永遠のいのちとは

永遠のいのちとは、不老不死のことではありません。クリスチャンだって死にます。もちろん、クリスチャンは、死んで肉体が滅びても、天国で永遠に生きると信じています。しかし、地獄に堕ちた人もそこで永遠に生きるのです。

もしも、不満、痛み、孤独感、恨みなどを抱えながら永遠に生きなければならないとしたら、どうですか? 永遠のいのちとは、量の問題ではなく、質の問題です。いかに生きるのかということです。

永遠のいのちとは、ただ死んだ後の世界のことではありません。生きている今、この地上でどう生きるかということです。神さまと共にあり、神さまからの愛と力と平安に充ち満ちて、どんなときも、どんな状況にあっても幸せを感じ、感動詞ながら、喜びながら生きることができる。これこそ、イエスさまがあなたに与えたいと願っておられる新しいいのちです。

あなたはそのようないのちを味わっていますか? また、それが欲しいと思われますか? 味わっているなら、もっとそれを味わいたいと思われますか?

2.信仰によるいのち

彼らが行く必要はない

弟子たちは、おなかをすかせた群衆を解散させ、自分たちで食べ物を調達させようと言いました。しかし、それに対してイエスさまは、「彼らが出かけて行く必要はありません。あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい」(16節)とおっしゃいました。

そこで、弟子の一人ピリポがさっと計算し、200デナリ(労働者200日分の給料に相当)があってもまだ足りないと言いました(ヨハネ6:7)。そんなお金はないし、あったとしても、1万人以上の人の食料を一度にそろえるのは至難の業です。
わたしに任しとき〜
イエスさまは、弟子たちがまったく想像もしていなかった方法で、食べ物を調達なさいました。神さまが奇跡によって与えてくださるという、驚くべき方法です。

このことは、永遠のいのちは、人の努力や修行によって勝ち取るものではなく、他の人から与えられ、受け取るべきものだということを、私たちに教えてくれます。

イエスを信じる

平行記事のヨハネ6章を読むと、イエスさまに「永遠のいのちに至る食物のために働きなさい」と諭された人々は、「何をすればいいですか?」と尋ねました。イエスさまは「あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです」とお答えになりました(ヨハネ6:29)。

イエスさまは、神さまが遣わした者、すなわち自分を信じなさいとおっしゃいました。イエスさまがその永遠のいのちをあなた方に与えるから、私を信頼して任せなさい、というのです。

イエスさまは、ご自分をいのちのパンとおっしゃいました。ご自分がパンとなって、私たちに食べられることで、私たちの魂の飢えを満たそうとなさったのです(ヨハネ6:48-51)。すなわち、ご自分の身を犠牲になさるということです。

イエスさまは、十字架にかかることにより、私たちの罪を身代わりに負ってくださいました。神さまは、罪が赦された私たちに永遠のいのちを与え、神さまの子どもとしてくださいました。

私たちは神の子になりましたから、神さまからあふれる愛を注がれ、守られ、祝福されています。これからも、この地上と天国で、考えられないような祝福を体験します。信じるとは、それを事実として受け入れることです。

欲しいだけ

しかも、イエスさまは、パンと魚をちょっとずつ与えられたのではありません。人々が満腹するまで欲しいだけ与えられたのです(20節)。

私たちは、神さまのくださる祝福に対して、貪欲だったでしょうか。いつの間にか神さまの愛や力を値引いて、「私への祝福は、せいぜいこんなもんだ」などと、勝手に限界を設けてはいなかったでしょうか。

イエスさまに、永遠のいのちをくださいと祈りましょう。いや、すでにそのいのちが与えられていることを認め、感謝しましょう。その上で、もっともっとその祝福を味わわせてくださいと祈りましょう。

3.増殖するいのち

印象的な奇跡

福音書は4つありますが、すべての福音書に記録されている奇跡は、5千人の給食の奇跡だけです。それだけ、弟子たちにとって印象的な奇跡だったのでしょう。

しかし、印象的といえば、たとえばラザロの復活などの方が、よほど派手でものすごいインパクトを与えると私などは思うのですが、こちらはヨハネの福音書だけにしか書かれていません。

これは、私の想像なのですが、この奇跡が印象的なのは、弟子たち自身も奇跡に参加しているからです。他の奇跡は、見物人の一人としてその場に居合わせるだけですが、今回の奇跡の場合、自分たちの手の中で、どんどん食べ物が増えていくのを目撃したのです。まるで、自分自身が食べ物を増やし、人々を養っているように感じたことでしょう。

人をほめたい神さま

聖書を読んで感じることは、神さまは、どうやら私たち人間と一緒に何かをすることが大好きらしいということです。そして、「よくやったね。すごいじゃないか。私もうれしいよ」と、私たちを誇り、ほめ、一緒に喜びたいと思っておられるようです。

イエスさまは、あなたと共に働きたいと願っておられます。あなた自身が永遠のいのちを味わうだけでなく、他の人たちに永遠のいのちを分け与える働きを、イエスさまと一緒にして欲しいと願っておられます。

そして、人が救われ、喜んでいる姿を、一緒に眺めながら喜びたいと願っておられるのです。そして、「あなたのおかげだ、よくやったね。ありがとう」と声をかけたいと思っておられるのです。

増し加わる喜び

12人の弟子たちは、自分たちもおなかがすいていたわけですが、群衆のためにイエスさまの手伝いをしました。そうしたら、自分たちの分が無くなったのではなく、12のカゴにいっぱいの食べ物を手にすることができたのです。

何かすごい能力がなければ、神さまの働きができないわけではありませんでした。今回の奇跡のきっかけになった5つのパンと2匹の魚は、子どものお弁当でした。弟子たちは「こんなわずかなものでは役に立たない」と言いましたが、イエスさまはそのわずかなものを使って、ものすごい奇跡を見せてくださったのです。
愛・増殖中
もっともっとあなた自身が永遠のいのちを味わえるよう求めましょう。そして、他の人に、イエスさまがあなたにくださった永遠のいのちについて話をしましょう。そんな小さなことから、現代の5千人の給食の奇跡が始まります。そして、あなたはますます喜びや感動に満ちあふれることになります。

まとめ

永遠のいのちが与えられていることを、もっともっと体験的に味わえますように。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。

Copyright(c) 2009 Nakadoori Community Church All Rights Reserved.