キリストの変貌

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マタイによる福音書17章1〜8節

(2009.10.11)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

クリスチャンとして豊かな人生を送る秘訣は、神さまとの静かな交わりの時を持つことです。神さまとの静かな交わりの時とは、どのような時間でしょうか。

1.キリストについて知るとき

混乱した弟子たち

弟子たちは、「この方こそ、聖書が約束し、イスラエルがずっと待ち望んできたキリスト(メシヤ、救い主)に違いないと思い、そう告白しました。すると、イエスさまはそれを喜ばれましたが、続けてご自分がユダヤの指導者たちの手にかかって苦しみを受け、殺されるなどと語り始めたのです。

あわてたペテロは、「そんなことがあるはずがない」と、イエスさまをいさめます。なぜなら、ローマ帝国に支配されていた当時のユダヤ人にとって、メシヤとは、ローマ帝国を滅ぼして、イスラエルを独立させ、かつてのダビデのように国を繁栄させてくれる栄光の王だったからです。

それが途中で殺され、しかも味方であるはずのユダヤ人の手によって殺されるなどというのは、自分はメシヤではないと言っているのと同じです。ですから、ペテロはいさめたのです。
すると、イエスさまは、彼を「下がれサタン!」と叱り飛ばされます。ペテロは、そして他の弟子たちは、まるで訳が分からなくなってしまったことでしょう。「イエスさまこそ、約束のメシヤだと思っていたし、イエスさまもそれをお認めになったと思ったのに、違ったのだろうか……」 弟子たちの心は、すっかり混乱と疑問でいっぱいになったことでしょう。
大混乱
今回の変貌の出来事は、その6日後に起こりました。イエスさまは、弟子たちを励ますために、栄光の体に変わった姿をお見せになりました。

神が分からなくなるとき

いろいろな状況の中で、私たちは神さまの存在が分からなくなります。あるいは、神さまが存在することは分かっても、その姿がとても小さく、遠くに感じてしまうことがあります。神さまが全知全能であり、私たちのことをこよなく愛してくださっていることを、つい忘れてしまいます。

本当の神さまがどんな方なのか、私たちはいつも思い出す必要があります。それが、私たちを慰め、励まし、勇気づけます。

キリストの本当の姿

今回の出来事を「キリストの変貌」と呼びますが、実はこちらの姿の方が、イエスさま本来のお姿です。弟子たちは、山の上で本当のイエスさまの姿を目撃しました。

私たちも静かな神さまとの交わりの時に、イエスさまに目を向け、イエスさまがどういうお方なのかを思い出しましょう。聖書を読み、聖霊さまに「どうか、イエスさまの本当の姿を教えてください」と祈りましょう。

2.自分について知るとき

変貌する私たち

変貌したイエスさまのそばには、とうの昔に死んだモーセやエリヤがいました。彼らは死んだはずなのに、新しい姿で生きています。
イエスとモーセとエリア
イエスさまや彼らの姿は、やがて私たちも経験する姿です。私たちも、死んだ後、新しい体で復活します。

聖書の以下のヶ所をお読みください。
 ・第1テサロニケ4:13-18
 ・第1コリント15:50-54

イモムシが蝶に変わる

ここで、イエスさまの姿が「変わる」と訳されている言葉は、虫が別の形に変態する様子を表す言葉です。たとえば、イモムシが成長して蝶に変わるように。イモムシは見た目が不気味かもしれませんが、やがて美しい蝶に変わります。
イモムシが蝶に
私たちは、自分を見たときに、足りないところ、ダメなところが目について、落ち込んでしまったり、悲しくなったり、自信を無くしたりするかもしれません。しかし、私たちはやがて、罪が無く、完全に調和のとれた人に造り変えられます。今は私たちは不完全ですが、やがて完成されるのです。

そして、現在は、私たちはその姿に向かって、日々成長させていただいています。この地上で完成されることはありませんが、成長していくのです。

神の愛

神さまは、私たちを、私たち自身の不完全さや醜さを理由として、決して捨てたり、見放したりなさいません。そして、私たちがどんなに愛すべき、素晴らしい存在なのか、そして聖霊の導きの中で、どれほど順調に成長しているのかということを教えてくださいます。

神さまとの静かな交わりの時、私たちは神さまの目から見た私たちの姿を教えていただきましょう。

3.キリストの声を聴くとき

訳が分からず

イエスさまが、モーセやエリヤと話をしていたとき(ルカ9:31によると、イエスさまの死について話をしていたようです)、ペテロは思わず「ここにテントを作りましょう」と口出ししてしまいます。混乱して、訳が分からなくなっていたのです。

私たちも、いろんな状況の中で、あれこれと自分勝手に思いを巡らして、恐れたり、不安になったり、イライラしたり、がっかりしたりします。そうして、変なことを言ったり行なったりすることがありますね。

イエスに聞け

ペテロがまだ話をしているとき、神さまの声がそれをさえぎりました。「イエスの言葉を聞いて、それに従いなさい」と。

混乱して訳が分からなくなってしまったとき、私たちは自分の考えにストップを書ける必要があります。実際、口に出して、自分に向かって「ストップ」と言ってみましょう。そして、少し落ち着いてイエスさまがなんとおっしゃっているか、そこに心を向けなければなりません。
聞きます!
あなたが今、直面している問題は何ですか? そして、イエスさまはその状況について、あなたに何とおっしゃっていますか?

みことばを聞くには

イエスさまのみことばを聞くには、どうしたらいいのでしょうか。
  • みこころを知りたいと願い、そう祈ること。
  • 普段から、よく聖書を読み、暗唱しておくこと。聖霊は、しばしば聖書の言葉を使って語られます。
  • 自分の願いや気持ちはとりあえず脇に置いて、イエスさまの語りかけに、心の耳を澄ませて聞こうとすること。
    なお、自分の思いを脇に置くためには、先にそのために十分祈って、聞いていただく必要があります。

まとめ

ペテロがテントを作りますと言ったのは、いつまでもこの素晴らしい場所にいたいと思ったのでしょう。しかし、イエスさまは弟子たちを連れて山を下りました。そこには、てんかんの子どもが苦しんでいたからです。私たちもこの世に遣わされます。そして、そこで私たちならではの人生を送るよう期待されています。そのためには、イエスさまを知り、自分を知り、イエスさまのみこころを知る必要があります。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。

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