一番偉い人

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マタイによる福音書18章1〜4節

(2009.10.25)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

神の国、天国は、死んだ後に入る世界というだけではありません。今ここで、神さまと共に生き生きと喜びと平安と力にあふれて生きること、それが神の国の一員としての特権です。

そのためには、子どものようになれとイエスさまはおっしゃっています。
一番偉いのは?
子どものようにとは、どういうことでしょうか。

1.愛情を当然のように受け取る

愛を素直に受け取る

子どもは、親の愛情を当然だと思っています。大人が他の人に親切にされたときのように、遠慮してみたり、何か申し訳ないというような感覚を抱くことなく、当たり前のようにその親切を受け取ります。
遠慮する大人
子どもは、自分が無力だということを知っています。ですから、生きるためには他人に依存しなければならないことも本能的に知っています。だから、他人の愛情を素直に受け取ることができる能力を持っているのです。
遠慮しない子ども
同じように、神さまが私たちを祝福してくださることについて、「当たり前」にならなければなりません。もちろん、感謝を忘れるというような傲慢な意味ではありません。

私たちが神さまに祝福されるような身分になれたのは、私たちの行ないによるのではなく、イエスさまの十字架の故です。だから、いつも感謝は忘れないでいたい者です。しかし、だからといって、いつまでも「私は神さまに、そう簡単に祝福なんかされるはずがない」というような感覚をいつまでも抱いていることを、神さまは望んでおられません。

ヤベツの祈り

数年前、「ヤベツの祈り」(ブルース・ウィルキンソン著・いのちのことば社)という本が、キリスト教界で大ブレイクしました。まだ読んだことのない方は、ぜひ一読なさることをおすすめします。

以下は、ヤベツが祈った内容です。

「ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた」(第1歴代誌4:10)。

この本で紹介されている祈りの解釈と実践の勧めは、ちょっと自己中心的ではないかという批判も聞かれました。読み方によってはそういう感想を持たれる方がいらっしゃるだろうなとは思います。

が、私がこの本で学んだ第一のことは、「神さまが私を祝福しようとしておられるときに、私の側で勝手にその意図や祝福の大きさを値引いてしまってはいけない」ということです。少なくとも、私は値引いてしまう癖があったのです。

イエスのみわざを無駄にしない

私のような者がそんなにたくさん祝福されるはずがない……それは謙遜なように見えて、最も神さまを悲しませる考えです。イエスさまが命をかけてあなたに与えようとされた神の国の祝福を、私たちが拒否するとすれば、それだけ私たちはイエスさまのみわざのすばらしさを否定することになります。

イエスさまの命がけの愛を無駄にしてはいけません。遠慮は謙遜ではありません。

神の国の一員として、神さまからのあふれる祝福をいただく第一の秘訣は、私たちの側でその規模や方法を勝手に決めつけないということです。子どものように、ただ「ありがとう」と受け取らせていただきましょう。

2.信じやすい

子どもは影響を受けやすい

子どもは疑うことを知りません。大人が教えることを、素直に受け止めます(ですから、「ほんとにお前はバカなんだから」とか「このグズ!」とか言っていると、子どもはそれを信じて本当の能力を封印してしまいます)。

神さまが私たちに望んでおられるのは、神さまがおっしゃることを、私たちが素直に信じ、受け取り、そのすばらしい影響を受けることです。

みことばへの信頼

キリスト教信仰の特徴は、神さまの言葉に対する信頼です。神さまが聖書を通して語っておられること、それを信じ、受け入れる……それこそが私たちクリスチャンの基本的な姿勢です。

聖書を読み、祈る。それを通して、神さまが今ここに生きているこの私に何を語っておられるか、それを聞く。聞いたらそれを実践してみる。これこそが神の国の祝福を体験する第2の秘訣です。

具体的な方法

それを信じられるかどうかは別として、神さまがあなたにどんな約束をしておられるか、思いつくだけ、すべてリストアップしましょう。聖書を読んで新たに発見した約束を、さらにそのリストに加えましょう。
まずはリストアップ
そして、信じられる感じがするかどうか別として、「神さま、これを信じます」と宣言しましょう。
それを信じる
それから、この約束が真実であれば、今神さまは私にどういう行動を取ることを望んでおられるだろうかと考えて、実践しましょう。
そして行動

3.大胆である

欲しいものは欲しい

子どもは大変に率直です。欲しいものは欲しい、嫌なものは嫌。神さまも、こと祈りに関しては、率直かつ大胆であって欲しいと思っておられます。

率直に大胆に祈る

旧約聖書を読むと、神さまを信じるユダヤ人たちの率直で大胆な祈りがたくさん収録されています。アブラハム、ヤコブ、モーセ、ヨナ、ヨブ、ハバクク、そしてダビデ……。

彼ら信仰の大先輩たちは、「どうして助けてくださらないのですか」と、神さまに食ってかかるような祈りや、「敵を殺してください」というような過激な願いや、「もう耐えられずに死んでしまいそうです」というような弱音も、隠すことなく神さまにぶつけました。

神さまはそういう、一見失礼と紙一重のような祈りでも、怒られるどころか真剣に耳を傾けてくださいました。そして、彼らの全力の祈りに全力で答えてくださいました。

もう一回り大胆に

あなたは祈っておられると思います。今よりも、もう一回りだけ大胆な願いを持ってみましょう。そして、一回り大胆になったあなたは、神さまに何を祈りますか?

第3ポイントで学んだように大胆に祈り、そして第2ポイントで学んだように神の約束を素直に信じ、第1ポイントで学んだように単純に受け取る……それが、私たちが神の国の国民として栄える秘訣です。

まとめ

子どものように、神さまに全面的に信頼して、ますます大胆に祝福を求めていきましょう。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。

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