パワーゲームから降りよう

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マタイによる福音書20章20〜28節

(2009.11.8)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

ヤコブとヨハネは、神の国の右大臣・左大臣の地位を求めました。他の弟子たちが怒ったということは、彼らも同じように考えていたのです。
教育ママ
彼らは、なぜそれを求めたのでしょうか。そして、イエスさまはどういう生き方をせよとおっしゃったのでしょうか。

1.他人を支配したいという動機

コントロール欲求

25節には、権力者が他の人を支配している様子が描かれています。しかし、たとえ権力者でなかったとしても、多くの人の心の中に、相手を自分の思い通りに動かしたいという思いがあります。

私たちは、自分の幸せのために、他の人や環境を動かそうとします。たとえば、休日に退屈だから、友だちを誘って映画を見に行くなどです。この場合、こちらは友だちをこちらの思い通りに動かそうとします。

このように、人を自分の思い通りに動かしたいという願いを「コントロール欲求」と言います。そして、コントロール欲求を持つこと自体、あるいは実際にそうしようとすること自体は、不健全でも問題でもありません。

問題はその方法です。今申し上げた例では、映画に誘われた友人もこちらも、別に嫌な気持ちにはならず、二人で楽しく映画鑑賞することができます。それは、相手が納得して誘いに乗っているからです。

しかし、もしも、本当は嫌なのに、無理矢理引っ張り出されたとしたら、相手は映画を楽しめないでしょうし、こちらだって相手の嫌そうな姿を見ればおもしろくありません。

こういう、相手の気持ちや願いを無視して、無理矢理動かすやり方を「支配」と言います。

支配の方法

人を支配的に動かすのによく使われるのが、嫌な感情です。相手を嫌な気持ちにさせて、それによって動かそうとするのです。

たとえば、痛みや恐怖心を使うやり方。典型的には暴力ですね。心に痛みを与えるのは暴言です。
暴力
不安感をつがうのが脅しです。思い通りにしないと罰として殴るとか、追い出すとか言って、不安感をあおるわけです。

羞恥心を使うのが、「中学生にもなってこんなこともできないのか」などの嫌みです。相手から「なにくそ」という反発を引き出すことで、こちらの思い通りに動かそうとします。
羞恥心
そういう強さを使った支配の方法もありますが、弱さを使った支配の方法もあります。たとえば涙や悲しい顔です。すると、相手は罪責感を持ちます。そして、「悪いなあ」と思ってこちらの思い通りに動いてくれるという寸法です。
涙
また、愛情だって支配の道具として使われることがあります。「いい人がいるのよ。あなたにぴったり。おばちゃん、あなたのことよく知っているんだから。幸せになりたきゃ、その人と一緒にならなきゃ。それがあなたのためよ。今度の土曜日、スケジュールあけといてね」。

愛情による支配を断ると、せっかくの善意を無にしたということで、こちらが悪者になってしまいますから、ついつい思い通りに行動してしまうかもしれません。
愛情
どのような方法であれ、支配は嫌な感情を引き出します。ですから、関係はこじれていきますし、幸せを感じることもできなくなっていきます。

自発的に

私たちは、人を思い通りに動かしたいと思います。特に、相手の言動に困っているときには、相手に変わって欲しいと思います。

しかし、私たち自身が他の人から変わることを強要されるといい気持ちがしませんね。もし私たちが変わるとしたら、納得して、自発的にそうしたいのです。

そのためには、「お願い」という方法がベストです。お願いするためには、どうしてそうして欲しいのかを説明しなければなりません。その上で、頭を下げてお願いしますから、上から無理矢理やらせようという強制力を感じずに済みます。自発性を尊重しているからです。

2.仕える人となれ

パワーゲームから降りる

ところが、説明してお願いするというやり方は、一般論としては納得できても、実際にやろうとするとなかなかできません。「どうしてこちらがそこまで譲歩して、いちいち説明したり、頭を下げたりしないといけないんだ。悪いのはそっちなんだから、こちらがいちいち言わなくても、ちゃんと自分で考えて行動しろよ!」という気持ちになるのです。

それに対して、イエスさまは私たちに何を語られるでしょうか。イエスさまは、人を支配したいと思っていた弟子たちに対して、「仕えられる人ではなく、仕える人になれ」とおっしゃいました。

これは、相手を変えられればこちらの勝ち、変えられなければこちらの負けというパワーゲームを降りなさい。むしろさわやかに負ける強さを養いなさいという教えです。そういう人が、天国で最も偉い人なのだよと。
さわやかに負ける
お父さんと小さい息子が相撲ごっこをすることを考えてみましょう。健全なお父さんなら、本気で息子をねじ伏せたりはしません。適当に勝ったり負けたりしてあげながら、息子の力を引き出そうとするはずです。息子の方は、必死で勝負をしていますが、お父さんは勝負自体にはこだわっていません。勝負の外にいるのです。もちろん、たとえ負けたとしても、本当はお父さんの方が息子より強いのです。
相撲ごっこ
こちらが説明してお願いをしたとしても、それであなたの価値が下がるわけではありません。むしろ神さまは、あなたの人間としての偉大さを認めてくださるでしょう。

仕える≠言いなりになる

そして、仕える人になるということは、逆に相手の思い通りに動くということではありません。それではやっぱり勝ち負けの世界に生きて、勝負に負けていることになります。

第1のポイントで学んだように、私たちは相手に変わって欲しいと思ってもいいし、それを求めてもかまいません。

ただ、どんなに相手の側に問題があると思っても、こちらがいちいち「なぜそうして欲しいのか」を説明して、「こんなふうにしてください」とお願いするのです。その方が、相手が動きやすいのなら、面倒でもそうさせていただく……これが使える姿勢ということです。

別の次元で幸せになる

仕えるということは、勝ち負けとは関係のないところで、幸せを感じられるようになるということです。

家庭や職場の人間関係に問題のある人の相談を受けると、多くの人は、相手に問題があって、相手がこのように変わってくれたら問題が解決するのにとおっしゃいます。聴かせていただく私も、「本当にその通りだなあ」と思うことがあります。

しかし、それでも相手にだけ変化を望む態度をやめて、すなわち人に幸せにしてもらおうとするのをやめて、「相手がどうでも自分は幸せになれる、自分の幸せの鍵は自分が握っているのだ」と腹をくくったとき、実際に幸せを感じられるようになり、さらに相手との関係も変化していくという例を、私はたくさん見てきました。

私たちは、相手と勝ち負けを張り合うのではなく、仕える人として、勝負を超えた世界で幸せになりましょう。

3.仕えられることを学べ

さわやかに負けてもらう経験

では、どうしたら、パワーゲームにこだわらず、また「自分の幸せは自分持ち」という自立した生き方ができるようになるのでしょうか。

実は、そういう勝ち負けに振り回されない生き方というのは、実際に自分がさわやかに負けてもらう経験をすることで、学び取ることができます。

さわやかに負けたイエス

イエスさまは、ご自分も人に仕えられるのではなく、仕えるために来たとおっしゃいました。そして、「多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるため」に来たと(28節)。

イエスさまは神ですから、「私の言うとおりにしないと、地獄に落として滅ぼすぞ」と脅して、無理矢理にでも言うことを聞かせることもできました。実際、そういう怖い神さまをイメージしていらっしゃる方もおいでかもしれません。

しかし、イエスさまは私たちを無理矢理動かそうとはなさいませんでした。身代わりとして十字架にかかって苦しみ、私たちの罪の罰が私たちに注がれることがないようにしてくださいました。そして、不完全な罪人のままで、神さまの子どもとなり、神さまからの祝福をいただけるような身分にしてくださいました。

その上で、「どうか信じておくれ。仲直りしておくれ」と懇願なさっているのです。

「こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れてください」(第2コリント5:20 最後の「くださいは」増田訳)。
イエスの懇願

大切にされると

自分を大切にできない人は、他の人を大切にすることができません。

そして、自分を大切にできる人は、他の人から大切にされる経験をたくさんしている人です。

イエスさまは、あなたを大切にしてくださっています。

まとめ

パワーゲームから抜け出して、人に振り回されない、自由で幸せな人生を手に入れましょう。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。

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