勝利するための祈り

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マタイによる福音書26章36〜46節

(2009.12.27)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

私たちは、生きている以上、様々な苦しみに直面します。そんなとき、どのようにそれを乗り越えていけばいいでしょうか。十字架の苦難を乗り越えたイエスさまから学びましょう。

1.ゲツセマネの苦しみ

イエスの苦しみ

「十字架の苦しみ」と言いますが、福音書の記者たちは、十字架の上でのイエスさまの苦しみを、どちらかというと淡々と描いているように思えます。むしろこのゲツセマネの場面の方が、イエスさまの苦しみを、より深く描き出しているようです。

「一緒に祈っていてくれと弟子に願った」

「十字架につきたくないと祈った」(杯を取りのけて欲しいというのは、ストレートに言うとこういうことです)

「悲しみもだえた」(マルコの福音書では「恐れもだえた」となっています)

「汗を血のように流して苦しみ祈った」(ルカ22:44)……などです。
寝てるよ……

情けない殉教者?

教会史の資料をひもとくと、多くの殉教者たちが、喜び賛美しながら死んでいったことが分かります。だから、表面的に今日の箇所を読むと、なんだかイエスさまが情けなく見えてしまいます。

しかし、殉教者たちの死と、イエスさまの十字架の死は、根本的に性質が異なります。殉教者たちは、肉体的には、イエスさまに負けず劣らず、大変な苦しみを受けました。しかし、自分たちの救いが完成して、いよいよ天国に迎え入れられようとしていることを喜ぶことができました。人生の最後の最後に、命がけで神さまに従う方を選ぶことができたという誇りもあったことでしょう。

しかし、イエスさまは、これから父なる神さまの呪いを受け、捨てられようとしているのです。永遠の昔から神さまと共におられたイエスさまにとって、神さまから完全に切り離されるということは、私たちが想像することもできないほどの痛みだったことでしょう。

しかも、イエスさまは何も悪いことをなさっていません。罪がないのに、罪人とされ、つまりは濡れ衣を着せられて、罰せられるのです。それも、自分に逆らい続ける敵(私たちのことです)のために、それをしなければなりません。

霊の戦い

ゲツセマネの園は、イエスさまにとって霊の戦いの戦場でした。十字架を避けたいという自我との戦い、そして、十字架を避けさせようとするサタンとの戦いです。

しかし、イエスさまはついに勝利を得ました。そして、神さまのみこころに従う覚悟を決めたとき、後は淡々と決意通りに十字架に向かっていかれたのです。福音書が、十字架そのものを淡々と描いているのはそのためです。私たちの永遠の運命は、このゲツセマネでの勝利によってもたらされたと言っていいのです。

あなたも今、いろいろな問題、苦しみ、悩みの中にいらっしゃるでしょうか。それを、霊の戦いであるととらえ直してみましょう。試されているのは、あなたがその状況で、何を優先させるかということです。

イエスさまは、神さまに従う方を選びました。そして、勝利を得ました。あなたも、問題を解決し、しかもただ解決するだけでなく、その問題を祝福の種にしたいと思われるでしょうか。ならば、イエスさまに、勝利の秘訣を学びましょう。
勝者、イエス!

2.正直な祈り

祈りによる勝利

ゲツセマネの勝利はどこからもたらされたのでしょうか。それは祈りです。あなたも祈りによって勝利することができます。

イエスさまはどのように祈られましたか? イエスさまは正直にご自分の気持ちを言葉になさいました。しかもその正直な気持ちというのは、必ずしも前向きなものではありませんでした。

その祈り方はどうだったでしょうか。「この杯を取りのけてください」と祈ったとき、静かにつぶやくように祈られたと思いますか? いいえ。ヘブル5:7には「自分を死から救うことのできる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげ」と書かれています。

あなたも正直になろう

神の子であるイエスさまでさえ、正直に祈られたのです。ましてあなたにもそのような正直な叫びが必要なのではありませんか?

「悲しいです」「喜べません」「裏切られて悔しいです」「もう疲れて力が出ません」「不安でたまりません」……。もしもあなたがそう祈れたとしたら、もう半分勝利したのと同じです。なぜなら、そのとき、あなたの心の中にしまい込まれていた本当の問題が、神の光の中にさらけ出され、神さまがその問題について介入してくださるようになるからです。

「天国には宛先不明のプレゼントが山積みになっている」と言った詩人がいます。プレゼントを発送したくても、相手が正確な住所を教えてくれなければ、送りようがありませんね。神さまはあなたを祝福したいし、助けたいのです。しかし、格好をつけて、本当の問題を神さまの前に持ち出そうとしなければ、私たちはそれを受け取ることができなくなってしまいます。

神さまは正直者が好き

聖書の神さまは、正直にぶつかってくる人が好みのようです。旧約聖書を読むと、アブラハムにしても、ヤコブにしても、モーセにしても、ヨナにしても、ヨブにしても、ハバククにしても、聖書に出てくる偉人たちは、率直に神さまにぶつかっていきました。そして、神さまも全力でお答えくださいました。

天地の支配者とお話しするわけですから、礼を失さないようにはしたいですが、それよりも、正直である方を優先させていいのです。神さまは、礼儀正しいけれども水くさい関係よりも、正直に何でも言い合える関係の方を喜んでくださいます。

3.みこころへの従順

正直なだけなら

勝利の秘訣は正直な祈りというわけですが、それだけなら、異教徒の人々の方が率直かつ大胆に祈りますね。

しかし、クリスチャンの勝利の祈りは、ただ正直なだけではありません。どんなに無茶な願いを並べ立ててもいい。泣いたり、わめいたり、さんざん悪態をついたりしてもいい。それでも、最後には、「神さまのみこころの通りになりますように」と祈るのです。

イエスさまも、弟子たちのところから戻って、二度目に祈られたときには、そのように神さまに語りかけました。
正直に、そして従順に

なぜそう祈るのか

なぜ、私たちは自分たちの正直な気持ちや願いを祈るだけでなく、「神さまのみこころのままに」と祈るのでしょうか。それは、「神さまは最善以外のことをなさらない」と信じているからです。

私たちは、感情ではイヤだと思うかもしれません。自分の考えや計画が一番だと思うかもしれません。しかし、それでも神さまのご計画が一番だというところに戻っていきます。だから、「みこころがなりますように」と祈るのです。

今、言葉に出して宣言しましょう。「神さまは、最善以外のことをなさらない」。

いやされた人といやされなかった人

神学生の頃、2人の印象的な女性と出会いました……と言っても、浮いた話ではなく、神さまのために働いている先生方で、一人は池田登喜子先生、もう一人は矢部登代子先生とおっしゃいます。二人とも、病気や怪我が元で歩けなくなってしまったという、共通の体験をお持ちです。

池田先生は、貧しさ故に十分な治療ができず、足の骨まで腐って、ぶよぶよになってしまいました。しかし、あるとき、宣教師の祈りによって奇跡的にいやされ、ほとんど不自由なく歩くことができるようになりました。そして、伝道者となって、神さまはどんな絶望的な状況からも、人を救い出すことができるのだということを、ご自分の体験によって語っておられました。

一方、矢部先生はいやされませんでした。むしろ、治療がうまくいかず、関節が固まってしまい、車いすに座ることさえできない体になってしまいました。しかし、絶望の中で聖書に出会い、「人は生きているのではなく、生かされているのだ。生かされている以上、どんな人にも生きる意味と使命が与えられているのだ」ということを知らされます。そして、生きる希望を見出されたのでした。

そんな矢部先生の元に、たくさんの子どもたちが集まってくるようになりました。そして、悩みを抱えた人たちが集まってくるようになりました。その集まりは、やがて教会になりました。

池田先生はいやされることによって、矢部先生はいやされないことによって、それぞれに神さまの愛や力を人々に伝え、人々を慰めたり励ましたりしておられました。

どうして、一方はいやされ、一方はいやされなかったのか。どうして逆ではいけなかったのか。あるいは、どうして二人ともいやされるのではいけなかったのか。それは分かりません。しかし、大切なことは、お二人とも、与えられた人生を最終的に受け入れ、そこで神さまに従おうとなさったということです。それが、それぞれに最高の人生をもたらしました。

まとめ

今一度宣言しましょう。「神さまは、最善以外のことをなさらない」。

あなたは今、戦いの中にいらっしゃいますか? 知ってください。あなたの上にも、神さまの最善が実現しつつあります。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。

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