あなたならでは

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ヨハネによる福音書21章15〜22節

(2011.1.23)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

イエスさまは私たちに、私たちならではの人生を与えてくださいます。ペテロは、どのようにしてペテロならではの新しい人生を手にしたでしょうか。
あなたならではの人生

1.過去のとげを取り除かれた

過去のとげ

過去のとげとは、過去にやらかした失敗体験、過去に受けた心の傷、過去にやり残してこだわっていることなどです。
過去のとげ
ペテロの過去のとげは、イエスさまが逮捕された時、「お前もあの人の弟子だろう」と問いつめられて、「あんな奴、知らないね」と3度も言ってしまったということです。自分は、勇敢で立派な一番弟子だと思っていたのに、臆病で自分勝手な人間だったのだということを思い知らされたのです。

この傷を抱えたまま伝道者になるとどうなるでしょう。自分の信仰の弱さに悩んでいる人を見ると、妙に同情してしまって、言わなきゃいけないことが言えなかったり、逆に過剰に責めたりすることになるでしょう。

私の過去のとげ

ある時、私はわがままを言っている子どもを見ると、無性に腹が立っている自分に気がつきました。それも、尋常な怒りではありません。基本的に、子どもは大好きなのに、なぜ?

それは、私の心の中に過去のとげが刺さっていたからです。私は田舎の教師の息子として、周りの人からほめられ、認められなければならないと、一生懸命努力してきました。反抗期もありませんでした。おかげで、おおむね人々からの評価はよいものでしたが、私自身は無意識の中に「もっと子どもらしくわがままを言いたかった」「もっと自分の思い通りに生きたかった」という思いを抱えていたのです。

だから、平気でわがままを言えている子どもたちを見ると、「うらやましい」を通り越して、「ずるい!」という思いがわいてきて、腹が立ったのです。

再出発

イエスさまは、ペテロに3度「わたしを愛するか」とおっしゃいました。それは、ペテロが3度裏切ったからです。イエスさまは、こう質問することによって、「わたしはあなたを責めていないよ。もう一度、やり直しなさい。わたしのことを愛すると、もう一度言い直しなさい」と、ペテロに伝えたかったのです。こうして、ペテロは過去のとげを取り除かれました。
とげよ、さようなら
私もイエスさまによって、過去のとげを取り扱っていただきました。イエスさまの十字架を信じたことによって、私は周りの人が私をどう評価しようとも、神さまの目には高価で貴い存在なのだということを知りました。自分の存在価値を守るために、自分を良く見せようと背伸びする必要なんか無い。自分にできることをただ精一杯やればいい。そう思えるようになるに従って、他の人に対するイライラが減ってきました。

あなたは、どんなとげを抱えていますか? イエスさまはあなたを赦し、あるいはいやして下さいます。とげを抱えたままにしないで、そのままでイエスさまのところに行きましょう。

2.傷を宝に変えられた

新しい使命

ペテロは、ただ過去の失敗を赦されただけではなく、新しい使命を与えられました。それは、神の教会を導くという使命です。

彼は、大失敗を赦され、再出発させていただいたという経験をしました。だから、他人の罪を責める代わりに、神の赦しを語る、しかも自分の経験として語ることができる伝道者となりました。
傷が宝に

死ぬという使命

また、ペテロには、死ぬことで神の栄光を現すという使命も与えられました。

伝説によると、皇帝ネロの迫害により、ローマ教会の兄弟たちがペテロを脱出させました。その途上、ペテロは復活のイエスさまにに再会します。「主よ、どちらへ?」(ラテン語で「クオ・ヴァディス・ドミネ」)と尋ねると、イエスさまは「あなたが見捨てたローマに戻り、兄弟たちのためにもう一度十字架にかかるのだ」とおっしゃいます。

それを聞いたペテロは、急いでローマに戻ります。皇帝ネロは、クリスチャンたちを捕らえ、競技場でライオンに食わせようとしていました。皆、恐れおののいていましたが、そこにペテロが現れ、彼らを励ましたのです。そこで、クリスチャンたちは、天国の希望と喜びに満たされながら殉教していきました。

もちろん、ペテロはすぐに捕らえられました。教えを捨てるように迫られますが、「私は一度裏切ったが、主は一度も私を裏切らなかった。私は二度と裏切りたくない」と、それを断り、十字架に逆さまにはりつけになって死んだと言います。

ペテロが最後まで信仰を守り通して死んでいった姿は、ローマ教会のクリスチャンたちを励まし、彼らもまた堅く信仰を守り抜きました。そしてやがて、ローマ帝国はキリスト教化されていったのです。

あなたへの使命

ペテロは大失敗をしました。しかし、それを無条件で赦された体験は、ペテロのその後の働きに大きな影響を与えました。私が心の世界の仕事に興味を持ち、今そういう働きをさせていただいているのも、自分自身の過去の傷がいやされ続けている影響です。

あなたにはどんな過去のとげがありますか? 今はそれが宝だなんて思えないかもしれません。しかし、イエスさまはあなたのその傷みを通して、あなた自身とあなたの周りの人々をいやし、潤し、励まし、生かして下さいます。

3.比較することをやめさせられた

ヨハネはヨハネ

ペテロが振り向くと、ヨハネがついてきていました。ペテロはよくヨハネと組になって伝道していましたので、つい気になって彼のことをイエスさまに尋ねてみました。その答えはこうでした。「ヨハネはヨハネ。あなたはあなた。他の人のことはいいから、あなたはあなたの使命を全うしなさい」。
あの人はどうですか?
ヨハネにはヨハネの使命がありました。12使徒が次々と殉教して行く中で、ヨハネだけは100歳近くまで長生きしています。ただ、この時代にクリスチャンとして長生きするということは、それだけたくさんの苦しみを受けるということです。彼は島流しなどの迫害にあったり、だんだんと力を増してくる異端グループとの戦いに明け暮れたりすることになります。そういう苦しみの中で、ヨハネは教会を励まし、福音書、3つの手紙、黙示録を残すことになります。

ペテロと同様に有名な使徒パウロは、ギリシャ語に堪能で、高度な学問を身につけていました。またローマ市民権を持っていて、世界中を自由に行き来することが可能でした。そのため、異邦人伝道の中心的リーダーとして活躍することになりますし、ローマ人への手紙など、たくさんの文書を残すことになります。

しかし、ペテロは、ヨハネやパウロ、あるいは他の弟子たちと自分を比較して、変な対抗意識を持ったり、落ち込んだりしませんでした。

他人と比較する文化

日本は人の目を気にする恥の文化です。人の目を気にすることは、もちろん悪いことばかりではありません。長らく日本人は、礼儀正しく親切だと言われてきました。そういう良い面はこれからも残していきたいですね。

しかし、人の目を気にしすぎるということは、他の人との比較によって安心したり、不安になったりする危険もあります。他の人よりちょっと優れていることで安心し、他の人とちょっと違うからといって不安になるということです。

いろいろな教会で聞く話ですが、イエスさまを信じたいんだけれど、そんなことをしたら、友だちにバカにされるんじゃないかと思い、なかなか決心できない人もたくさんいます。

そんな風に、他の人がどうか、あるいは他の人がどう思うかが気になって仕方なく、お互い比較しあいながら、足を引っ張り合いながら、やがて心がぼろぼろに疲れ切ってしまうのです。

すでに達しているところを基準として

私は、ピリピ3:16が大好きです。「それはそれとして、私たちはすでに達しているところを基準として、進むべきです」

私たちは皆、成熟を目指して進んでいくべきです。そして、私たちの目標は、人としてのイエスさまです。「ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。」(エペソ4:13)

しかし、70点の人は70点のところで努力して71点になれるように、30点の人は30点のところで努力して31点になれるように。それが「すでに達しているところを基準として進む」ということです。
達しているところを基準として
自分は70点の人と比べて半分にも満たないなどと比較していると、クリスチャン生活はたまらなくつらいものになります。イエスさまは、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタイ11:28)。とおっしゃったのに、かえって教会生活が疲れてしまうことになります。これでは伝道なんかしたくなくなってしまいますね。

イエスさまはペテロに、そうならないようにとおっしゃいました。私たちも、他の人と比較して、自分をいじめるのはやめにしたいと思います。そんなことに時間やエネルギーを使う代わりに、与えられた働きを精一杯させていただきましょう。

まとめ

イエスさまは、あなたにも、あなたならではのすばらしい人生を用意してくださっています。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。

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