マルタ、マルタ

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ルカによる福音書10章38〜42節

(2011.9.25)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

今日の箇所で、マルタは「どうして自分だけがこんなに苦労しなきゃいけないんだ」というようなイライラした気持ちでいっぱいでした。私たちも、そのようなときがありませんか? 自己憐憫の感情にとらえられて、イライラしたり、情けなくなったりしたとき、イエスさまはどんなふうに対処して、私たちに平安や喜びを与えてくださるのでしょうか。

1.あなたの苦労を知っている

「なぜ私だけこんなに苦労しなければならないのか」「こんなに一生懸命やっているのに、どうして誰も認めてくれないのか」「こんなに尽くしているのに、なぜ報われないのか」……そして、疲れたり、イライラしたりすることはありませんか?

マルタはそうでした。彼女はイエスさまに対して一生懸命に良いことをしました。しかし、いつの間にか喜びがなくなり、イライラし、せっかくのもてなしの雰囲気を、自らぶちこわしにしてしまいました。
自己憐憫
しかし、聖書もイエスさまも、マルタのことをダメな奴だと断罪してはいません。多くのユダヤ人の指導者たちがイエスさまのことを歓迎しなかったのに対して、マルタはイエスさまを「喜んでお迎えした」のです。

私は、「マルタ、マルタ」という呼びかけに、イエスさまの深い愛情を感じます。イエスさまは、マルタの愛の深さも、一生懸命さも、そしてそれ故の疲れもイライラも、すべて理解して受け止めてくださいました。

「マルタ、ありがとう。私はあなたの愛情も、それ故の苦労も知っているよ」。そういうイエスさまの温かい思いが「マルタ、マルタ」という呼びかけの中に込められているようです。

イエスさまはあなたの苦労を知っておられます。そして、あなたの名前も呼んでくださっています。

マルタは、自分のイライラをイエスさまに聞いていただきました。それは、もてなしという点では最悪の方法だったかもしれませんが、霊的には最善でした。あなたは、否定的な思いを一人で抱えてこられませんでしたか? マルタのように、イエスさまに聞いていただきましょう。そこから解放が始まります。

2.みことばを聞くことを喜ばれる

イエスさまは、どうしても必要なことは一つだとおっしゃいました。それはマリヤがしたように、イエスさまの言葉に耳を傾けることです。これは、人から取り上げてはならない、必要不可欠なものです。

「イエスは答えて言われた。『「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる」と書いてある』」(マタイ4:4)

みことばを聞くとは、第一に聖書を読むことです。

第二に、傾聴の祈りです。祈りというのは神さまとの会話ですから、こちらの願いを語るばかりでなく、神さまが何を語っておられるか、心の耳を澄まして聞くのです。最初はよく分からなくても、そういう習慣を付けていると、次第に神さまの思いが聞こえてくるようになります。
聖書と祈り
神さまは私たちを愛しておられ、私たちを祝福したいと願っておられます。ですから、みことばを聞くとは、神さまがいかに私たちを愛しておられるかということを知ることでもあります。神さまの私たちに対する愛を知れば知るほど、私たちの内側に喜びがわいてくるようになります。その喜びは行動の原動力になりました。そういう行動には無理がありませんので、燃え尽きてしまうことがありません。

「あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない』」(イザヤ40:28-31)

あなたにも新しい力が与えられます。

3.ここぞという時に行動する力を下さる

この箇所は、「教会やクリスチャンは、行ないよりも瞑想に専念すべきだ」ということを教えているわけではありません。直前の「良いサマリヤ人のたとえ」で教えられているように、愛を行動によって具体的に表すことは大切なことです。

今日の箇所が、「良いサマリヤ人のたとえ」の直後に書かれているのは偶然ではないと思います。あのサマリヤ人のような愛にあふれた良い行動を生み出す原動力は、マリヤのようにみことばに親しむところにあるよと、聖書は私たちに教えているのです。

みことばを聞くことを大切にするとき、すなわち聖書を読み、祈りの中で神さまの愛の言葉を思い巡らすとき、ここぞという時にふさわしい働きをするのに必要な、知恵や力が神さまから与えられるようになります。
ここぞ!
マルタはどうでしょう。おそらくこの時、マルタはみことばを聞くこととの大切さを学んだはずです。後に兄弟のラザロが死んだ時、彼女はイエスさまに向かって素晴らしい信仰告白をしました。

「彼女はイエスに言った。『はい。主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリストである、と信じております』」(ヨハネ11:27)

この時点で、イエスさまが救い主キリストであるとここまではっきりと信じ、告白している人は他にいません。

今日、あなたにもあなたならではの働き、愛と正義を実践する機会が用意されています。そして、そのチャンスは突然やってくることが多いのです。そこで良い実を結ぶために、毎日毎日、神さまのみことばを読み、祈りの中でその声を聞き取って準備させていただきましょう。

まとめ

忙しいときほど、意識して静まり、神さまとの交わりを大切にしましょう。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。

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