祈りは聞かれる

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ルカによる福音書11章5〜13節

(2011.10.2)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

祈りにおいて、私たちが知らなければならないことは何でしょうか。

1.求め続けよう

たとえ話に出てくる男性は、しつこく願い続け、友だちはあまりのしつこさに根を上げて、ついにパンを貸してくれました。人間の友だちですらそうなのだから、まして愛に満ちた神さまが、皆さんの熱心な祈りを無視するはずがない……。イエスさまは、そんなふうに、しつこく祈り続け、願い続けることの大切さを教えてくださいました。

9節の「求めなさい。捜しなさい。たたきなさい」という命令も、ギリシャ語の原文では、現在命令形が使われていて、「求め続けなさい。捜し続けなさい。たたき続けなさい」という継続のニュアンスが込められています。

神さまは、私たちの願いをすぐに叶えてくださらないことがあります。それは、インスタント時代で、すぐに結果を見ないといられない私たちに、忍耐力や自制心を養うよう訓練しておられるのかもしれません。
まだかなぁ
あるいは、神さまは知恵にあふれておられますから、何をどのタイミングで行なえば、最も素晴らしいかをご存じです。ですから、待たされているのは、最高のタイミングでことが起きようとしているのかもしれません。

すぐに結果が現れなくても、あきらめないで、忍耐力を持って、祈り続けていきましょう。  この話をお読みください

2.神は良い方だと信じよう

神は良い方だという信仰

悪者でも自分の子どもには良いものを与える……。イエスさまはそうおっしゃいました。ましてや、愛にあふれた神さまが、私たちに良いものをくださらないことがありましょうか。神さまは良い方です。そして、神さまは私たちに良いことをしてくださいます。

クリスチャンに求められている信仰は、「神さまは良い方だ」ということを信じる信仰です。十字架のメッセージも、天国での祝福も、「何があっても大丈夫」という揺るがない確信も、神さまが良い方で、私たちに良いことをしてくださるということが土台になっています。

私たちが祈るのも、神さまが良い方で、私たちの祈りの声に真剣に耳を傾けてくださり、私たちの幸せのために面倒がらずに行動してくださると信じればこそです。

祈りのノート

どうしたら、神さまが良い方だということをもっと確信できるでしょうか。祈りのノートをつけることをお勧めします。祈った内容と祈り始めた日をノートに記録しておくのです。しばらくして読み返してみると、すでにかなえられていることに気づくことができるでしょう。

願った通りにならなかったことでも、さらにしばらく後に読み返してみると、「今冷静になって振り返ってみれば、これはかなえられなくて正解だったかもしれない」と気づかされたり、代わりにもっと素晴らしい結果が与えられていたということに気づかされることもあります。

私たちの神さまは、私たちの幸せを何よりも願っておられる方、そのために最高のものを与えてくださる良い方なのです。

感謝の祈り

さて、私たちが祈る時、ついつい無いものに目をとめて、「あれをください。これをください」と神さまに求めがちです。それは良いことですが、同時に、今すでに与えられているものにも目をとめてみましょう。そして、感謝の祈りを捧げるのです。感謝の祈りをすることで、私たちはますます「神さまは良い方だ。だから、何があっても大丈夫」という信仰を増し加えていくことができます。
感謝
祈りのノートをお勧めするのは、私たちが忘れっぽいからです。時々振り返り、感謝を忘れないようにしましょう。祈りっぱなしで感謝を忘れることは、祝福の半分を無駄にしているのと同じです。

感謝の祈りは「神さまは良い方です」という信仰告白と同じです。聖書の原則は、「あなたの信じた通りになるように」ですから、今与えられているものを数え上げ、あふれる感謝の祈りを捧げていれば、その人の回りにはますます奇跡が満ちあふれるでしょう。

3.聖霊を求めよう

聖霊を下さらないことがあろうか

求め続けて父なる神さまから与えられるもの。それは何でしょうか。少なくともイエスさまが語られたこの教えの中では、お金や名誉、成功などではありませんでした。神の霊である聖霊さまです(13節)。私たちが求める時、聖霊なる神さまは私たちの心の内を満たしてくださいます。

聖霊は神から来るエネルギーというような非人格的なものではなく、神ご自身です。聖霊が与えられるということは、良いお方であり、知恵と力に満ちた神さまが私たちと共にいてくださるということです。実は、これに勝るプレゼントはありません。
神が共にいる

信仰の醍醐味

キリスト教信仰の醍醐味は、自力・我力の限界を超えて神さまの力を体験することができるということです。あるいはあなたは、あの人のことを愛せないかもしれません。愛せないどころか赦すことすらできないかもしれません。悲しみや憂鬱、怒りなどをコントロールできないかもしれません。問題にぶつかって、どうしていいか分からなくなっているかもしれません。

そんなとき、自分の力や知恵でははかり知ることのできない力や知恵が、内側からわいてくるのです。これこそ聖霊なる神さまのお働きです。「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」(ゼカリヤ4:6)と、神さまはおっしゃっています。

聖霊の働きを体験するには

聖霊さまのお働きを体験するには、祈りが必要です。難しい、かっこいい、特殊な祈りではありません。イエスさまは「求めなさい。そうすれば(聖霊が)与えられる」と約束されたのです。

私たちが心をオープンにするとき、聖霊さまは自由に働かれます。聖霊さまは紳士ですから、私たちの同意がないのに、私たちの人生に無理矢理介入するようなことはなさいません。心をオープンにするとは、すなわち聖霊さまの前で正直になるということです。

まず、必要を認めましょう。誰かのことを赦せないのなら、「赦せないのです。頭に来ているのです。憎いのです」と。どうしていいのか分からないのなら「知恵が足りません。どうしていいのか全く分かりません」と。祈れないなら、「祈れないのです」と祈りましょう! そして、聖霊さまの助けを求めましょう。「聖霊さま、お助け下さい」と。

まとめ

今週も、良いお方である神さまとの交わりを求め、楽しみましょう。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。


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