アブラハムの子孫

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創世記12章1〜5節

(2011.12.11)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

もうすぐクリスマスです。マタイの福音書の始めに、「アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図」とあります。イエスさまはアブラハムの子孫として生まれました。

今回の箇所は、アブラハム(ここではアブラム。後に改名)が神さまの語りかけを聞いたところです。その語りかけは、現代の日本に住む私たちにも大いに関係があります。そして、クリスマスにも。

1.アブラハムへの約束1

神さまは、アブラハムに約束をなさいました。前半と後半に分けて解説します。まずは2節の前半です。「わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう」。

これは、アブラハム自身に対する祝福の約束です。

大いなる国民とする

この時点ではアブラハムの家族は、本人と妻のサラ(ここではサライ。後に改名)と甥っ子のロトの3人だけで、しもべたちはたくさんいましたが、とても国と呼べる存在ではありません。第一、遊牧民のような移動生活をしていましたから、土地も持っていませんでした。

「大いなる国民とする」ということは、子どものいないアブラハム夫妻に子どもが与えられ、たくさんの子孫がそこから生まれるということ、そして国と呼べるような広大な土地が与えられるということを意味しています。

実際、その後神さまは、アブラハムに対して、サラとの間に子が生まれるということ、そしてカナンの地が与えられるということをはっきりと約束なさっています。

何世代か後、確かにそこにはイスラエルの国が生まれました。その後何度もイスラエルの国が滅ぼされましたが、そのたびに神さまは散らされたユダヤ人をカナンの地に戻し、国を復興させてくださいました。AD70年にローマ帝国がユダヤの国を滅ぼした後も、1900年の離散の歴史を乗り越えてイスラエルは復活し、今もそこに存在しています。

あなたを祝福する

これは、アブラハムが物質的にも、霊的にも祝福されるということです。
アブラハム
アブラハムは、富には執着しませんでした。富によって安心を得ようとするのではなく、神さまに寄り頼むことを第一としました。しかし、神さまはアブラハムにたくさんの家畜やしもべたちやその他の財産を与えてくださいました。

そして、アブラハムは、神の友と呼ばれています。「わたしの友、アブラハム」(イザヤ41:8)「そして、『アブラハムは神を信じ、その信仰が彼の義とみなされた』という聖書のことばが実現し、彼は神の友と呼ばれたのです」(ヤコブ2:23)。それだけ、神さまと近い関係にあったということです。

あなたの名を大いなるものとする

アブラハムは、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教を信じる人々、すなわち世界の人口の半数以上を占める人々から、「信仰の父」として尊敬を集めています。

子孫への継承

アブラハムに与えられた約束は、彼一代で終わるものではなく、アブラハムの子であるイサク、孫であるヤコブ、そしてさらにその子孫であるイスラエル民族(ユダヤ人)に引き継がれていきます。

これは、第2のポイントでお話しする約束の後半部分についても同様です。

2.アブラハムへの約束2

後半は3節です。「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」。

あなたを祝福する者をわたしは祝福する

アブラハム、そしてその子孫であるユダヤ人に好意を抱き、親切な関わりをしていくとき、その人や団体や国家は祝福されるということです。

そして……。

あなたをのろう者をわたしはのろう

前半の「のろう」と、後半の「のろう」は、ヘブル語の本文では違う単語が使われています。前半の言葉は「軽んじる」というニュアンスの言葉ですが、後半は「近づくことを禁止する」というより強い言葉になっています。

文字通り解釈すれば、アブラハムやユダヤ人を軽んじれば、神さまとの関係が断絶するということです。逆に、先ほど見たように、アブラハムやユダヤ人を祝福するような態度を取れば、祝福されます。

私たちは、イスラエルやユダヤ人に対して、どのような理解や態度を取ってきたでしょうか。愛は、知ることから始まります。まずは、聖書の中で、ユダヤ人に与えられている祝福や使命について、知るところから始めていきたいですね。私も、折に触れてこのテーマについてお話ししていきます。

地上のすべての民族は、あなたによって祝福される

祝福とは、アブラハムが神の友と呼ばれたように、神さまと近い関係になることができるということです。全宇宙を造り、支配しておられる全知全能の神さまと近い関係になることができれば、何の恐ろしいことがあるでしょうか。

そして、その祝福は、アブラハムを通して与えられます。その後神さまは、さまざまな預言者たちを通して、この「アブラハムによって」というのは、ただ単にアブラハム個人のことだけでなく、彼の子孫であるイスラエル民族のことだと教えてくださいました。

さらに、アブラハムの子孫、ユダヤ人の中から、メシヤと呼ばれる救い主が現れて、彼を通して、ユダヤ人だけでなく全人類が救われ、神さまとの関係を回復するのだということが啓示されました。
関係回復
クリスマスは、こうして旧約聖書で登場が約束された救い主が誕生したことを記念する日です。アブラハムの子孫であるイエス・キリストを通して、ユダヤ人でないあなたもまた、神さまと近しい関係になることができます。

イエスさまは、十字架と復活によって私たちの罪を赦し、そのままの姿で神さまの子どもとしてくださいました。友どころか、子どもです。どれだけあなたに対して、神さまの愛が注がれていることでしょうか。クリスマスは、そのことを改めて思い起こし、感謝する日です。

3.アブラハムへの命令

わたしが示す地へ行きなさい

神さまは、アブラハムへの約束を語る前に、「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば」とおっしゃいました。約束された祝福を手に入れるためには、この条件をクリアする必要があるということです。

アブラハムは、元々は父のテラや兄弟たちと共に、今のイラク南部にあったと思われるウルという町に住んでいました。そこは、月の神を礼拝する多神教の町でした。ところが、あるときアブラハムは、その町を離れるようにという聖書の神さまの声を聞きます(使徒7:2-3)。そこで彼は、父や家族を何とか説得して、ウルを離れることにしました。行き先はまだ分かりませんでしたが、神さまの命令だからというそれだけの理由で彼は従ったのでした(ヘブル11:8)。

ところが、ハラン(カラン)という、ユーフラテス川の上流にある町で、一行は立ち止まります。ここはウルと同じように月の神を礼拝する町でしたから、父親や兄弟が気に入って住み着こうとしたのでしょう。すると神さまは、父の死後、アブラハムに対して上述のような命令をなさいました。

「行きなさい」という命令には、ヘブル語の本文では「あなたのために」という言葉が付属しています。神さまの命令は、常に私たちの幸せにつながっています。

アブラハムは、古い生き方を離れて、神さまと共に生きる新しい生き方に移りました。あなたには、捨てなければならない古い生き方がないでしょうか。そして、神さまを信じて、新しい生き方を選び取るように神さまに示されてはいないでしょうか。
より良きものを
それは、時にきつい決断になるかもしれません。先のことが分からないので不安になるかもしれません。しかし、それは必ずあなたの幸せにつながります。

あなたの名は祝福となる

2節の最後の部分です。口語訳はここを「あなたは祝福の基となるであろう」、新共同訳は「祝福の源となるように」と訳しています。ニュアンスとしては、アブラハムを通して、他の人々が祝福されるという意味です。

これは約束の形を取っていますが、同時に使命でもあります。

アブラハムは、そしてその子孫であるユダヤ人は、ただ単に自分たちだけが祝福されるために選ばれたのではありません。彼らには、全世界の民族、全世界の人々を祝福するための基礎、源になるという使命が与えられているのです。

そして、これは、イエス・キリストによって新たに神の家族に加えられた私たち異邦人のクリスチャンにも与えられている使命です。あなたは、他の人たちを祝福するための源です。

クリスマスは、そのことをあらためて思い起こす日でもありたいですね。

まとめ

あなたには、イエス・キリストによって、神の子どもとされたというものすごい祝福がすでに与えられています。その祝福を、どのように周りの人たちに分かち合うことができますか?

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。


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