ダビデの子孫

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第2サムエル記7章12〜16節

(2011.12.18)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

もうすぐクリスマスです。マタイの福音書の始めに、「アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図」とあります。イエスさまはダビデの子孫として生まれました。

今回の箇所は、ダビデ王が神さまの語りかけを聞いたところです。その語りかけは、現代の日本に住む私たちにも大いに関係があります。そして、クリスマスにも。

1.あなたの身から出る世継ぎの子

女の子孫

聖書全体を貫いているテーマの一つは、「女の子孫」です。これは、人類の始祖であるアダムとエバが罪を犯したときに、その罪を解決する存在として神さまから示された人物です。

「わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく」(創世記3:15)

ここで「おまえ」と言われているのは、アダムたちを罪に誘った蛇、すなわち悪魔のことです。「女の子孫」(男性単数形が使われているので、一人の男性)と呼ばれる人物が現れ、悪魔を滅ぼし、人類を罪の呪いから解放するという計画が、この段階で神さまから提示されたわけです。

この「女の子孫」のことを、やがてユダヤ人たちは「メシヤ」(救い主。直訳すると油注がれた者、ギリシャ語ではキリスト)と呼ぶようになりました。神さまは、聖書の中で、このメシヤに関する情報を少しずつ示してくださっています(漸進的啓示)。後になればなるほど、だんだんとメシヤに関するイメージがはっきりしてくるということです。
漸進的啓示
先週は、アブラハムについて学びました。神さまはアブラハムを選び、アブラハムの家系から女の子孫(メシヤ、キリスト)が誕生するように定められたのです。

そして、今回の箇所で、神さまはダビデ王という人を選び、彼の家系からメシヤが誕生するように定められました。このあと、詳しく見ていきましょう。

世継ぎの子とは

今回の箇所をさらっと読むと、ここで言われている「世継ぎの子」とは、ダビデの子どもの中で王権を受け継いだ跡継ぎのことだと考えられます。すなわち、ソロモン王です。そして、さらにソロモンの跡を継いでいった代々の王さまたちです。

確かに、ソロモンの時代、イスラエルの国は大変な繁栄をしました。

しかし、13節や16節にある「とこしえに」という言葉に注目しましょう。イスラエルの歴史を見ると、南北に分裂したり、外国に侵略されてその支配下に置かれたり、国が滅ぼされて、国民が散らされてしまったりと、決して強く、確立した国とは言えない状況が続きました。

そんな中、ユダヤの人々は、「とこしえまでも」続く強く、確立した国をもたらしてくれる、ダビデ王のような王が現れることを切望するようになりました。そしてまさに、神さまはダビデに対して、とこしえの王国を確立する世継ぎの子を登場させると約束なさったのです。

預言者たちの預言

先ほどお話しした通り、神さまは時代と共に、少しずつメシヤに関する情報を明らかにしていかれました。ダビデの時代から250年ほど後の時代、イザヤという預言者が活躍しました。イザヤを通して、神さまはこんな約束をしておられます。

「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の【主】の熱心がこれを成し遂げる」(イザヤ9:6-7)。

イザヤと同時代のミカに対しても、このような預言が与えられました。

「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。彼は立って、【主】の力と、彼の神、【主】の御名の威光によって群れを飼い、彼らは安らかに住まう。今や、彼の威力が地の果てまで及ぶからだ」(ミカ5:2,4)。

こうして、イエスさまはアブラハムの子孫、そしてダビデの子孫として誕生なさいました。マタイ1:1でわざわざそのことに触れられているのは、イエスさまが約束のメシヤだということを理解してもらうためです。

クリスマスは、ユダヤ人が、いや全人類が待ち望んできたダビデの子孫、すなわち救い主が誕生したことを記念する日です。

2.彼の王国

神による支配

国(ギリシャ語でバシレイア)とは、力強い統治、支配という意味です。イエスさまは、神が人となって来られた方です。ですから、イエスさまの王国が確立するとは、この地上が、神さまが力強く統治し、支配する状態になるという意味です。
神さまによる統治
聖書の言う救いとは、小手先のテクニックを伝授して、ちょっとした安楽を与えるというのとはまったく違います。神の国、神の力強い支配が、私の内に、私の回りに、私の国に、私の宇宙に実現すること、これぞイエスさまがくださる救いです。

神の国はどんなところでしょうか。愛である神さまが支配なさいますから、神の国が実現するところには愛が満ちあふれます。正義である神さまが支配なさいますから、神の国にはきよさが満ちあふれています。力ある神さまが支配なさいますから、驚くべき奇跡に満ちあふれています。

神の国の実証

ダビデの子孫として来られたイエスさまは、神の国がどのようなところなのかを、実際に目に見える形で見せてくださいました。
  • 愛に敗れ、傷ついた人を愛し、励ましました。また、互いに愛し合うことを強調なさいました。それによって、神の国では、お互いがいかに深く愛し合うのかということをお示しになりました。
  • 完全にきよい生き方を貫かれることによって、神の国がきよいところだということをお示しになりました。
  • 病のいやし、悪霊の追い出し、自然現象のコントロールなどの奇跡を行なわれました。それにより、神の国の支配者である神さまの力がいかに大きいかをお示しになりました。
さらに、
  • 十字架によって、神さまと人間を隔てている罪が赦されるようにしてくださり、どんな人でも神の国に歓迎されているのだということをお示しになりました。
  • 復活によって、神の国が死をも克服する世界であることをお示しになりました。

3.神の国は近づいた

2回の来臨

では、いつ神の国が実現するのでしょうか。イエスさまは2千年前にこの地上に来られましたが、神の国は実現したのでしょうか。今のこの世界を見ると、未だに戦争はやまず、貧困や病気で苦しむ人たちも多く、とても神の国が確立したとは思えません。

実は、メシヤは2度この地上にやってきます。多くの預言者はこの2つをあまり区別せずに語っていますので、誤解されやすいのですが、神さまが送ってくださるメシヤには2つのイメージがあることを、ユダヤ教の学者たちも認めています。それは、
  1. すでに学んだようなとこしえの王国を確立する「神の国の王」としてのイメージ。
  2. 人類の罪の身代わりとして苦しみ、神さまと人類の仲介者となってくださる「苦難のしもべ」としてのイメージ。
イエスさまが1回目に来られたのは、苦難のしもべとしてでした。イエスさまは十字架にかかり、復活することで、私たちの罪が赦されて、神さまの子どもとして生まれ変わることができるようにしてくださいました。

そして、いったんイエスさまは天にお帰りになりました。ですが、また帰ってくると約束しておられます。これが再臨です。再臨なさるとき、すなわち2回目に来られるとき、イエスさまは世界を支配する王として来られます。

「また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実また真実」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。
その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。
その方は血に染まった衣を着ていて、その名は「神のことば」と呼ばれた。
天にある軍勢はまっ白な、きよい麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従った。
この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。
その着物にも、ももにも、「王の王、主の主」という名が書かれていた」(黙示録19:11-16)

神の国はすでに来た

では、私たちは、まだまだ神の国とは無関係で、これからも待ち続けなければならないのでしょうか。

「神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。『そら、ここにある』とか、『あそこにある』とか言えるようなものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです」(ルカ17:20-21)
あなた方のただ中に
目に見える形で完全に神の国が実現するのは、イエスさまの再臨の時です。しかし、すでに神の国の影響力は、この地上に始まっています。それは、私たちクリスチャンの心の中からです。

神の国の愛、平安、喜び、力、きよさなどは、あなたの内側から実現し始め、それが外にあふれ出てきます。イエスさまは、
  • 問題の全くない人生は保証なさいませんでしたが、どんな苦難にも耐える力と平安が与えられると約束されました。
  • 何でも思い通りに行くとはおっしゃいませんでしたが、イエスさまに従うとき、どんな祈りも聞かれること、またすべてのことが益になるということを約束なさいました。
  • 二度と誘惑されないとは約束なさいませんでしたが、誘惑に活力が与えられるとおっしゃいました。
  • 自動的に聖人君子になるとはおっしゃいませんでしたが、苦難、時、そして聖霊によって、あなたはキリストに似たものに成長すると約束なさいました。
  • 金持ちになるとはおっしゃいませんでしたが、必要はすべて満たされるとおっしゃいました。
このほか、悪霊を追い出し、いやしを行ない、言葉や行ないによって周りの人たちに良い影響を与え、愛と喜びに満ちあふれると約束してくださいました。

信じることから始めよう

神さまの祝福を受け取る原則は、昔も今も変わりません。それは、神さまの約束を聞き、それを信じるということです。

アブラハムは神さまの約束を信じました。そこで彼はユダヤ人の始祖として祝福の人生を歩み始めました。今回登場したダビデもそうです。彼は、決して完全無欠の人物ではありませんでした。しかし、失敗しても、つまずいても、神さまに信頼し続けました。ゆえに祝福を実際に手にしたのです。

あなたの内には神の国が実現しつつあります。それは、あなたの努力や才能によるのではありません。ダビデの子孫として来られたイエスさまが実現してくださいます。イエスさまはすでに2千年前にこの地上に来てくださいました。そして、今は聖霊を通して私たちの心の中に住んでくださっています。ですから、神の国は、すでにあなたの中に始まっています。それを信じますか?

まとめ

イエスさまは、ダビデの子孫として来られました。そして、あなたの内側に神の国を実現し、あなたを通して世界にそれを広めようとしておられます。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。


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