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Q&A:中通りコミュニティ・チャーチ

ちょっと信じられない

神が存在するなんて、今の科学の時代に信じられません。

「神が存在する」と信じることと、科学的であるということは、決して矛盾しません。むしろ、欧米で科学が発展したのは、「知的存在である神がこの宇宙を創造したのなら、宇宙には秩序があり、法則があるはずだ」という、前提となる信念があるからです。世界が無秩序で偶然しか起きないと思っていたら、真理とか法則とかを研究しても無意味ですものね。

もちろん、神の存在は科学では証明できませんが、同様に神がいないということも証明できません。ですから、「神がいる」と主張することが信仰ならば、「神がいない」と主張することもまた信仰なのです。証明できないことを、そうだと思い込んでいるわけですからね。むしろ、それを信仰だと自覚してない分だけ、より強烈な信仰かもしれませんよ?

神が世界を創造したって? 学校では進化論を学びましたよ。

先ほど申し上げたように、神の存在/非存在は科学では証明できません。ですから、創造か進化かという問題は、それが可能かどうか、あるいは信じられるかどうかという話ではなく、それがあったかどうかという歴史学的な問題です。

歴史上の出来事についての仮説というのは、化学や物理学の仮説のように実験室で実際にその真偽を確かめることができません。さまざまな状況証拠を集めて、「この出来事が起こったと仮定した方が、起こらなかったと仮定したよりも、その他のさまざまな出来事をさらによく説明できる」ということを示して、「故にこの出来事が起こったに違いない」とするわけです。法廷での審理に似ていますね。

さて、ここで問題なのは、「進化だけが、現在の生物の成り立ちを説明する唯一の仮説なんだろうか」ということです。あなたも、裁判員になったつもりで、予断を取り除いて以下の事実を検討してみてください。
  • 進化を説明するために、よく化石が用いられますが、実は進化論に都合の悪い証拠も結構あるのです。たとえば、恐竜と人間の足跡の化石が同じ地層上に残っていたり、何千万年もかかって堆積したと考えられる地層の上から下まで貫いている木の化石が見つかったり、ある種から別の種に変化する中間の化石が見つからなかったり……。
  • 「エントロピーの法則」という物理法則によれば、普通は「秩序あるものが無秩序なものへと変化する」のが自然です。ところが、進化はエントロピーの法則とは真逆の方向性を持っています。もし進化が事実だと主張するならば、どのようにしてエントロピーの法則とは逆のことが起こり続けているのかということを説明する必要があるのですが、この点に関しては進化論の科学者たちもまだ満足できる説明ができないでいます。
  • 一般に、進化には何万年、何億年という長大な時間が必要だと考えられています。しかし、月に積もった宇宙塵の量、大気中の炭素同位元素の量、地球磁場の減衰の割合などから計算すると、地球の年令は1万年以下という結果が出ます。
  • 化石の生成も、必ずしも長い時間は必要ではなく、アメリカのオレゴン州では、1960年代の車のキーの化石が見つかっています。
  • 地層の形成も、必ずしも長い年月を必要としません。1980年にアメリカのセントヘレンズ山で噴火が起きましたが、その後の雪融け水による洪水によって、地層が瞬時に形成されました。
  • 上述のセントヘレンズ山の噴火によって、新しく生成された岩石について、化石の年代測定に用いられている、放射性同位元素による年代測定を実施したところ、数万年前にできたとする結果が出ました。とすれば、従来の年代測定法によって「この地層、化石は○○億年前のものだ」という結果が出たとしても、それがどこまで信頼できるものなのか、はなはだ疑問です。
進化論を非科学的だと言うつもりはさらさらありません。まとまった体系を持つ有力な仮説の一つであると思います。しかし、まだ「仮説」に過ぎないのです。真に科学的な人ほど、それを正直に認めています。

先に述べたように、証明もされていないことをそうだと信じるのは信仰の領域です。「非科学的」という言葉の罠にはまって、それで聖書やイエスさまの素晴らしさをも否定することがあるなら、それは残念なことです。

聖書に書かれているような奇跡を、本当にクリスチャンは信じているんですか?

もちろんです。少なくとも、中通りコミュニティ・チャーチでは、聖書の通りの奇跡が起こったと信じています。

これまた「非科学的」という言葉の罠に注意したいところですね。定義によれば、神は全知全能なのですから、神が通常の物理法則に反するような奇跡を行なうことが「可能か」どうかは最初から問題になりません。上述したように、神が存在しないということが証明できない以上、「奇跡なんか起こるはずがない」と主張するのも、また信仰なのです。

問題の中心は、本当にその時そういう出来事が起こったかどうかという、歴史学的な問題です。

ちなみに、イエス・キリストが様々な奇跡を行なったということは、新約聖書やキリスト教徒の文書だけでなく、当時の歴史家の文書や、キリスト教に反対の立場であるはずのユダヤ教の文書の中にも見られます。これはどういうことでしょうね?

イエスが肉体的に復活したなんて信じられません。

これも可能かどうかではなく、本当にその時復活が起こったかどうかの問題です。

古来、復活を否定するために、様々な説明が試みられました。たとえば、「弟子たちが幻を見た」「悲しみのあまり、女たちが墓を間違えた」「集団催眠だ」など……。

しかし、これらの説では、イエスの墓がなぜ空になったかということを説明できません。もしイエスが復活せず、墓の中に死体が残っていたとすればどうなるでしょう。弟子たちが「イエスは復活した」と伝道を始めたとしても、迫害者たちは「ここに死体がある」と示すことができます。そうすれば、早々にキリスト教はつぶされていたはずです。それができなかったということは、墓は空っぽだったのです。

実際、キリスト教に反対の立場であるユダヤ教の文書でも、イエスの墓が空になっていたことは認めています。

そこで、復活を否定するならば、空の墓を説明しなければなりません。大きく分けて2つの説明が試みられています。

弟子が死体を盗んだ説

マタイの福音書には、「墓を警護していた兵士たちが寝ている間に、弟子たちが盗んだ」という噂を、ユダヤ人の指導者たちが広めたということが書いてあります。後のユダヤ教の公式文書にもそのように記されています。この説明はどうでしょうか?

まず、兵士たちが眠ってしまうことはありそうにもありません。もし墓の封印が破られたら死刑になることを、兵士たちはよく知っていました。ですから、墓が空になったとき、ローマの上官の所にではなく、ユダヤ人指導者の所に相談に行ったのです。

万が一寝ていたのだとしても、それならどうして「弟子が盗んだ」と分かるのでしょうか。あなたがローマ兵なら、弟子たちの不埒な行動を目撃したら、さすがに飛び起きて阻止しようとしませんか?

また、イエスさまの墓は重装備のローマ兵たち(戦闘のプロです)が番をしていましたから、もし弟子たちが死体を盗もうと思ったら、相当の人数で襲撃しなければ成功しません。ということは、かなりの数の弟子たちが、イエスの死体を盗む作業に参加しており、「本当はイエスは復活していない」ということを知っていたということになります。

その後、ほとんどの弟子たちは迫害で命を落とすことになります。彼らは皆「イエスは復活した」と主張して死んでいきました。人間は、自分が真実だと思いこんでいること(たとえそれが客観的には間違いでも)については、命をかけることができるでしょう。しかし、嘘だと分かっていることに、何人もの人が命をかけられるものでしょうか。

イエスは死んでなかった説

これは近年になって出された説で、イエスさまは本当は死んでいなくて、仮死状態だったという説です。

しかし、イエスさまは十字架刑にあいました。ということは、その体は以下のような状態だったということです。
  1. 両手首に太い釘を打ち込まれました。2本の骨の間に釘を打ち込みますから、骨折はしていないとしても、筋肉や神経が断裂して、手首より先を自由に動かすことは難しくなったでしょう。
  2. 両足を重ねた状態で、両足のくるぶしの下を太い釘で刺し通されました。骨が砕けて、とても歩けるような状態ではありません。
  3. 失血死に至らなかったにしても、かなりの量の血液を失っています。
  4. 3日間飲まず食わずでした。
  5. 素っ裸です(絵画では腰巻きをしていますが、実際の十字架刑では下着もはぎ取られました)。
  6. 十字架刑による傷の他、むち打ちの刑や兵士たちによるいたぶりなどによって、その姿形は見る影もないほどぼろぼろでした。
このような体の人が、仮死状態から蘇生した後、次のような行動を取ったことになります。
  1. 体は防腐剤である没薬が塗られてガチガチに固められており、体中を亜麻布でぐるぐる巻きにされて手足を自由に動かせない状態でしたが、それらを自力でふりほどきました。
  2. 真っ暗闇の中でその亜麻布を元通りに巻き戻しました(墓を見に行ったヨハネは、亜麻布が巻かれたまま残っていたと証言しています)。
  3. 1トン以上もある墓の戸石を一人で転がしました。
  4. 番をしていた何人もの武装ローマ兵を打ち倒しました(そうでなければ、ローマの封印を破った罪で、逮捕されてしまったことでしょう)。
  5. その日の午前中、何人かの女性の弟子たちと話をしました。当然、それまでにどこかで着るものを調達していなければなりません(そうでないと、女性たちは恥ずかしがってイエスさまにすがりつくことができませんから)。
  6. それから、エルサレムから11キロほど離れたエマオという村に至る道に移動し、2人の弟子と一緒にエマオまで歩いて行かれました。その間、痛いだの苦しいだのいう様子は一切見せず、むしろ権威に満ちた教師としての印象を弟子たちに与えました。そして、夕方になり、2人の家で夕食を一緒に食べることになりましたが、一瞬の隙を突いて姿を消しました。
  7. エマオから11キロの道のりをものすごいスピードで走って戻り、日没前に弟子たちの隠れ家にたどり着きました(ユダヤでは日没で日付が変わります)。
  8. 隠れ家のドアにはカギがかかっていましたから、針金かなんかを器用に使ってカギを解除しました。
  9. 両手を拡げ、威厳に満ちた態度で「平安があるように」と祝福しました。
そんなことが可能だと思いますか? そして、皆さんが弟子でしたら、ぼろぼろの傷だらけの体で現れた人間に対して、「この方は、人となられた神、救い主、いのちの主だ」と思われますか?

そして、もしイエスが生きていたのだとすれば、その後どうなったのでしょうか?

空の墓以外の問題

空の墓の他にも、いくつかの説明を要する事実があります。
礼拝日の変更
まず、多くのキリスト教会の礼拝日がなぜ日曜日なのかということです。

初期の教会のメンバーは全員ユダヤ人でした。当時のユダヤ人の礼拝日は土曜日(安息日)でした。ユダヤ人は安息日を非常に大切にしていましたから、礼拝日が日曜日に変わったとすれば、よっぽどのことが起こったと考えられます。

日曜日はイエスさまの復活日です。もし復活を否定するならば、どのようにこの大変化を説明するのでしょうか。
弟子たちの変化
また、臆病だった弟子たちが、確信と勇気に満ちた人々に変えられたのは、復活を抜きにして、どのように説明できるのでしょうか。
現代のクリスチャンたちの証言
そして、今も数え切れない人々が、イエス・キリストによって、生活に大変革がもたらされたと証言していることを、どのように説明するのでしょうか。

イエス・キリストは復活し、今も生きておられる。そのように信じることの方が、さまざまな無理な説明を試みるよりもはるかに自然だと思えるのですが……。

創世記の人類の寿命は、いくら何でも長すぎます。

確かに、創世記に登場する人々の寿命は、現代の寿命と比べてはるかに長いです。特に、創世記5章に出てくる人たちは、みんな千年近く生きています。さすがにこれは作り話でしょうと思う気持ちは分かります。

ただ、創世記の記事を見ていくと、ノアの洪水までは寿命900年前後で一定していますが、洪水が起こった後、急激に寿命が縮んでいくのが分かります(こちらのページも参照)。ノアの息子のセムが享年602、洪水から300年ほど後に生まれたアブラハムは享年175、アブラハム時代の400年後に誕生したモーセが享年120、さらに時代が下って紀元前10世紀頃(ダビデ王やソロモン王の頃)には60歳前後になりました。

ということは、寿命が今のように短くなったのは、ノアの洪水が原因だと考えられます。

実は、ノアの洪水の前、地球には海や川などの「大空の下の水」の他に、「大空の上の水」がありました。天地創造の2日目の記事(創世記1:6-8)に次のように書かれています。「神は仰せられた。『大空よ、水の真っただ中にあれ。水と水の間を分けるものとなれ』。神は大空を造り、大空の下にある水と大空の上にある水を分けられた。すると、そのようになった。神は大空を天と名づけられた。夕があり、朝があった。第二日日」。

大空の上の水とは、地球全体を取り巻く水蒸気の層だと考えられます。そして、ノアの洪水の際、この上の水が一気に水に変わって地上に降り注ぎ(さらに地中からも水が湧き出し)、地表を覆い尽くしました(創世7:11)。

大洪水後、地球を取り巻いていた水蒸気の層が無くなることで、有害な宇宙線が地表に多く降り注ぐようになり、DNAを傷つけて、元々造られたときの人間の姿を失わせていきます。さらに、洪水後は地球環境も激変し、住むのに楽な環境ではなくなったでしょう。こうして、本来人間が持っていた寿命が短くなっていったと考えられます。

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