スクールソーシャルワーカーだより

素人でもコーチになれる?

このスクールソーシャルワーカーだよりは、ネットを通じて大玉村以外の人たちにも読んでいただいています。そんな村外の読者から、このような感想をいただきました。

 

Aさんは中学校の先生なのですが、4月に新しい学校に赴任したところ、これまで自分がまったくやったことがないスポーツクラブの顧問になってしまったのだそうです。前回、「教えるための技術」について触れましたが、自分にはその分野の専門知識や経験がないので、うまく子どもたちを指導する自信がないというわけです。

 

オーケストラを指導したテニスコーチ

テニスの指導者としての経験から、「インナーゲーム」と呼ばれるコーチング理論を確立したW・ティモシー・ガルウェイ氏は、あるときオーケストラからコーチングを依頼されました。ガルウェイ氏は、音楽に関しては全くの素人ですが、快くその依頼を引き受けます。

 

最初に登場したのは、チューバという巨大なラッパの演奏者でした。ガルウェイ氏が「あなたが一番難しいと感じていることは何ですか?」と尋ねると、「高音部のアーティキュレーションです」という答え。

 

さっそく、チューバ奏者本人が難しいと感じている部分を演奏してもらいました。ところが、ガルウェイ氏は、アーティキュレーションが何を意味するか全然知りませんでしたし、その演奏がうまくいったかどうかさえ判断できませんでした。そこで、「演奏してみて、どんなことに気づきましたか?」と尋ねました。すると、チューバ奏者は「うまくいきませんでした」と答えました。

 

ガルウェイ氏が「どうして、うまくいかなかったことが分かるのですか?」と尋ねると、「チューバは大きくて、音の出口が耳から離れているため、実際に音を聴いて確かめることができません。そこで、私は、舌でうまく演奏できたかどうかを判断しているのです」とチューバ奏者は答えます。さらに「うまく演奏できない時は、舌がどうなるのですか?」と尋ねると、「舌が乾いて、分厚くなったように感じます」という答えが返ってきました。

 

そこで、ガルウェイ氏は、もう一度同じ箇所を演奏してもらうことにします。そして、その際こんな指示をしました。「今度は、きれいにアーティキュレーションをしようなどと努力するのはやめましょう。その代わり、舌の湿り具合がどう変化するかにだけ注意してください」。

 

2回目の演奏が終わると、オーケストラのメンバーは、全員スタンディングオベーションをしました。チューバ奏者も、晴れ晴れとした表情で「今度は、演奏していた間ずっと舌が湿ったままで、一度も分厚く感じることはありませんでした」と言い、感謝の言葉を述べました。ガルウェイ氏には、1回目と2回目の演奏の違いが、さっぱり分からなかったそうですが。

 

大切なのは、何を教えるか

前回申し上げたように、望ましい結果というのは、望ましい行動の集大成です。ですから、子どもや部下が望ましい結果を得るためには、望ましい行動を一つ一つ身につけてもらう必要があります。

 

その点について、ガルウェイ氏のエピソードには、いくつも学ぶべきポイントがあります。

  • 望ましい行動を指導する際には、あれもこれもいっぺんに意識させるのではなく、ポイントを絞って意識させるということ。
  • その意識させるポイントが明確であること。
  • そのポイントは、最終的に明確になりさえすれば、指導者が最初から知っていなかったとしても問題ないということ。

 

もちろん、教える分野について経験があるに越したことはないでしょう。しかし、たとえ経験者でも、「どうしたらうまくいくのか」という理由を自分で理解し、うまくいくためのポイントとなる行動を明確に伝えられなければ、上手な指導をすることはできません。

 

ガルウェイ氏のようにその分野の素人であっても、相手に質問することによって(あるいは良い結果を出している人の行動を観察することによって)、今意識させるべきポイントを明確にし、それを分かりやすく伝えることができれば、指導上はまったく問題ないのですね。

 

ですから、A先生。あなたもきっとすばらしい指導者になれますよ。これをお読みの保護者の皆さんや先生方も。

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