(2024年10月13日)
ヴィア・ドロローサ(苦難の道)とは、十字架刑が決まったイエス・キリストが刑場であるゴルゴタ(カルバリの丘)まで移動した道のことです。
礼拝メッセージ音声
参考資料
30節は、ホセア10:8からの引用です。
33節の「どくろ」は、ヘブル語のグルゴレス。これをギリシア語読みしたのが「ゴルゴタ」(27:33など)です。なお、ラテン語聖書ではカルバリアと訳され、その英語読みがカルバリ(Calvary)です。
イントロダクション
エルサレムにある巡礼スポットに「ヴィア・ドロローサ」と呼ばれる約600mの道があります。この道は、イエスさまがピラトによる裁判を受けたアントニア要塞から、十字架にかけられたゴルゴタまで続いていて、聖書の記述や教会の伝承に従って12のステーションに分かれています。
今回はイエスさまがゴルゴタに連れて行かれる途中の出来事を取り上げます。ヴィア・ドロローサとは、ラテン語で「苦しみの道」と言う意味です。しかし、イエスさまはその苦しみの中でも、私たちに対する深い愛を示してくださいました。それを確認することによって、慰めと励ましを受け取りましょう。
1.ゴルゴタへの道
出発
自分で十字架を負って
(ヨハネ19:17)イエスは自分で十字架を負って、「どくろの場所」と呼ばれるところに出て行かれた。そこは、ヘブル語ではゴルゴタと呼ばれている。
前回のメッセージでは、ピラトによる裁判でイエスさまの死刑が確定したことを見ました。その後、イエスさまは恒例に従ってムチで打たれます。そして、十字架刑が行なわれるゴルゴタまで連れて行かれました(→
エルサレムの地図 引用:新聖書辞典)。
当時、十字架刑を受ける罪人は十字架の横木を自分で担いで刑場まで向かいましたから、最初はイエスさまも十字架の横木を背負わされていました。
クレネ人シモン
(26節)彼らはイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというクレネ人を捕まえ、この人に十字架を負わせてイエスの後から運ばせた。
イエスさまは、最後の晩餐が終わった後、ゲツセマネの園で夜遅くまで祈り続けました。そして、逮捕された後は、元大祭司であるアンナスによる取り調べ、それから大祭司カヤパによる取り調べ、ユダヤの最高法院による裁判、ピラトやヘロデによる取り調べ、再びピラトの元での裁判と、あちこちたらい回しにされました。おそらく一睡もできなかったはずです。
そして、2度に渡ってムチ打ち刑を受けています。以前も申し上げましたが、ローマで刑罰として用いられるムチの先には、金属片や動物の骨のかけらなどが仕込んであるため、それで叩かれると肉が引き裂かれます。
ですから、イエスさまは疲労困憊しておられました。最初は十字架の横木を担いで歩いていましたが、途中で動けなくなってしまいます。そこで、ローマ兵はたまたまそこにいたクレネ人シモンという人を呼んで、この人に十字架を負わせました。
当時、イスラエルはローマ帝国の属州でしたから、ローマ兵が自分の運んでいる荷物をユダヤ人に押しつけて運ばせるというようなことがよく行なわれていました。
クレネ
クレネ(キュレネ)は、アフリカ北部(今のリビア)にあった町です。「田舎」と呼ばれていますが、それはエルサレムからは遠い場所という意味で、実際には発展した都市でした。

(画像引用:新聖書辞典)
シモンという名前はシメオンの短縮形で、ユダヤ人の名前です。この人は普段はクレネに住んでいて、過越の祭りに参加するためにエルサレムに来ていたのです。
その後のシモン
ゴルゴタまで十字架の横木を運んだシモンが、その後どうなったかということについては直接聖書に書かれていません。ただ、クレネ人シモンは、マルコ15:21では
「アレクサンドロとルフォスの父」と呼ばれています。
息子2人の名前が挙げられているということは、少なくとも教会の中でこの2人の息子は名が知られた人、すなわちクリスチャンだったということです。ローマ16:13で、パウロは
「主にあって選ばれた人ルフォスによろしく。また彼と私の母によろしく」と書いています。おそらくこのルフォスがクレネ人シモンの息子なのでしょう。
ということは、おそらく父親であるシモンも、今回のことがきっかけでイエスさまのことを知り、後に家族と共にクリスチャンとなったのだと考えられます。十字架を代わりに背負ったシモンはゴルゴタまで同行しましたが、その後イエスさまが十字架にかけられた場面を目撃したはずです。
そして、自分をバカにしたり罵ったりする人に対して、
「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです」(34節)という祈りも聞いたことでしょう。その言葉はシモンの心に深く突き刺さり、あのイエスという人は一体何者なのだろうかという興味を持ったに違いありません。そして、シモンはイエスさまに興味を持ち、やがて福音を信じて救われたのだと私は想像します。
もしこの後シモンが救われていたなら、使徒の働きに登場するシメオンという人がクレネ人シモンと同一人物だという可能性があります。
アンテオケ教会 のリーダーの中に「ニゲルと呼ばれるシメオン」がいました。彼は他のリーダーと共に、バルナバとパウロに手を置いて祈り、第1回伝道旅行に送り出しました(使徒13:1-3)。ちなみに「ニゲル」とは黒という意味ですから、アフリカと関係があることを示唆しています。クレネは北アフリカにある都市です。
もしこの説が正しければ、クレネ人シモンは十字架を背負わされた後にイエスさまの恵みの福音を信じて救われ、アンテオケ教会のリーダーとなり、さらにはローマ教会の設立にも関わったということになります。
女たちへの言葉
ついて行く人々
(27節)民衆や、イエスのことを嘆き悲しむ女たちが大きな一群をなして、イエスの後について行った。
大勢の人々が、イエスさまの後について行きました。そのほとんどは、裁判の際にイエスさまを十字架につけろと叫んだユダヤの民衆、あるいは後から加わった野次馬たちです。
しかし、その中にはイエスさまのために涙を流す女性たちもいました。この女性たちはどんな人たちだったのでしょうか。
まず、イエスさまに対する信仰を持っている女性たち。彼らが十字架のそばでイエスさまを見守っていたことが聖書に書かれています。
(ヨハネ19:25)イエスの十字架のそばには、イエスの母とその姉妹、そしてクロパの妻マリアとマグダラのマリアが立っていた。
しかし、彼ら以外にも「泣き女」と呼ばれる女性たちがついて行ったはずです。泣き女は、葬式などの際に呼ばれて泣きました。この人たちはイエスさまを救い主だと信じていたわけではなく、同じユダヤ人であるイエスさまが異邦人によって殺されようとしていることを嘆いて泣きました。
自分と子どもたちのために泣け
(28節)イエスは彼女たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣いてはいけません。むしろ自分自身と、自分の子どもたちのために泣きなさい。
イエスさまはご自分のために泣いている女性たちに向かって、私のためではなく、自分と子どもたちのために泣きなさいと語りかけました。
泣くべき理由
(29-30節)なぜなら人々が、『不妊の女、子を産んだことのない胎、飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言う日が来るのですから。そのとき、人々は山々に向かって『私たちの上に崩れ落ちよ』と言い、丘に向かって『私たちをおおえ』と言い始めます。
参考資料にも書いたとおり、30節の言葉はホセア10:8からの引用です。ホセアは、イスラエルの国が南北の王国に分かれていた時代に、北王国で活躍した預言者でした。そして、不信仰にまみれた北王国がアッシリアによって滅ぼされることを預言しましたが、その預言の中でこの言葉を語りました。
山や丘に向かって、自分たちの上に崩れ落ちて覆ってくれと頼んでいるのは、自分たちを覆い隠して守ってくれという願いです。それだけ、北王国の人々が逃げ場のない恐怖におののくということを預言しています。
それと同じように、エルサレムにも滅びがやってくるとイエスさまは女性たちに語っています。そんなひどい状況だと、子どもを連れて逃げるのは大変です。だからこそ「不妊の女、子を産んだことのない胎、飲ませたことのない乳房は幸いだ」と言われています。そして、イエスさまのためにではなく、自分と子どもたちのために泣きなさいと言われているのです。

ジェームズ・ジャック・ジョセフ・ティソ作「エルサレムの娘たち」
(画像引用:MEISTERDRUCKE)
イスラエルへのさばき
(31節)生木にこのようなことが行われるなら、枯れ木には、いったい何が起こるでしょうか。」
生木というのはイエスさま、枯れ木というのは信仰を失ったイスラエルのことです。罪を犯したことのないイエスさまが十字架につけられて殺されようとしています。それならば、不信仰なイスラエルの国がどんなひどいさばきを招くことになるかと、イエスさまはおっしゃっています。
これまでも解説してきましたが、約40年後に起こったユダヤ人の反乱によってローマ軍が出動し、紀元68年にはエルサレムが包囲されます。そして、70年に陥落して神殿も徹底的に破壊され、多くのユダヤ人が命を落としてしまいます。それは、イスラエルが国として、イエスさまのことを旧約聖書が登場を約束してきた救い主だと信じなかったためです。
イエスさまを信じたユダヤ人は、個人的にはいましたが、国としては公式に「イエスは救い主ではない」と決定したのです。その結果、当時のイスラエルの国は神さまからのさばきを受けることになりました。
十字架刑
2人の犯罪人
(32節)ほかにも二人の犯罪人が、イエスとともに死刑にされるために引かれて行った。
イエスさまの他に、2人の犯罪人が一緒に十字架にかけられました。この人たちは、おそらくバラバの仲間でしょう。
バラバは、ローマ帝国の支配に反発して暴動を起こしただけでなく、ついでに強盗殺人の罪を犯したかどで逮捕されていました。しかし、
前回のメッセージで触れたように、イエスさまの代わりに釈放されました。
はりつけ
(33節)「どくろ」と呼ばれている場所に来ると、そこで彼らはイエスを十字架につけた。また犯罪人たちを、一人は右に、もう一人は左に十字架につけた。
参考資料にも書きましたが、十字架刑が行なわれたのはゴルゴタと呼ばれる丘です。現在、その場所には聖墳墓教会と呼ばれる礼拝堂が立っています。

聖墳墓教会(画像引用:Wikipedia)
では、ここから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。
2.イエスの愛に目を留めよう
女性たちへの愛
イエスさまは、自分のために泣いている女性たち、特にまだ信仰を持っていない泣き女たちに向かって優しく語りかけました。その内容は、将来イスラエル、特にエルサレムに訪れる滅びについてであり、大変恐ろしいものです。
しかし、イエスさまが一見恐ろしい神さまのさばきについて語ったのは、いたずらに女性たちを怯えさせるためではありません。それは、滅びが来る前に、女性たちに信仰を持って欲しかったからです。
イエスさまは、これまでも紀元70年のエルサレム滅亡を預言してこられました。
(ルカ21:20-24)しかし、エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、そのときには、その滅亡が近づいたことを悟りなさい。そのとき、ユダヤにいる人たちは山へ逃げなさい。都の中にいる人たちはそこから出て行きなさい。田舎にいる人たちは都に入ってはいけません。
書かれていることがすべて成就する、報復の日々だからです。それらの日、身重の女たちと乳飲み子を持つ女たちは哀れです。この地に大きな苦難があり、この民に御怒りが臨むからです。人々は剣の刃に倒れ、捕虜となって、あらゆる国の人々のところに連れて行かれ、異邦人の時が満ちるまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされます。
ですから、もし女性たちが恵みの福音を信じてクリスチャンとなったなら、教会からそのさばきについて聞かされ、あらかじめ脱出することが可能です。仮に信仰を持っていない夫が反対して脱出できなかったとしても、救われていれば死んでも永遠の祝福を味わうことができます。
イエスさまは、間もなくご自分が死のうというその時にも、女性たちの将来のことを心配なさいました。
クレネ人シモンへの愛
そして、クレネ人シモンに対しても、イエスさまは愛を示されました。今回の場面では、シモンはイエスさまの代わりに重荷を負いました。
しかし、シモンがその後で恵みの福音を信じたとき、すなわち自分の罪を赦すためにイエスさまが十字架にかかられたこと、そして死んで葬られたけれど3日目に復活なさったことを信じたとき、今度はイエスさまがシモンの重荷を代わりに負ってくださいました。
それは罪の重荷です。シモンは、自分の罪が完全に赦され、それどころか神さまの子どもにしていただいて、永遠に祝福を受ける立場になったことを知って喜びました。
おそらくシモンと一緒に巡礼に来た妻や子どもたちも、シモンがイエスさまの代わりに十字架を担がされた場面、さらにはイエスさまが十字架にかけられながら、なおも人々の赦しを求める祈りも聞いたことでしょう。そして、彼らもシモンと共にイエスさまを信じ、罪の重荷から解放されました。
イエスさまは、シモンとその家族にも愛を示されたのです。
私たちへの愛
そしてイエスさまは、私たちに対しても深い愛を示してくださっています。
イエスさまは、泣き女たちがまだ信仰を持つ前に愛を示されました。クレネ人シモンに対しても、まだ信仰を持つ前に彼を選び、救いへと導いてくださいました。
私たちが神さまに愛されたのは、私たちがまず神さまを愛したからではありません。私たちが神さまを無視して好き勝手に生きていたとき、そうやって神さまを傷つけ悲しませていたときに、すでに神さまは私たちを愛してくださっていました。
(ローマ5:8)しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死なれたことによって、神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。
イエスさまの十字架は、私たちへの愛のしるしです。つらいこと、苦しいことが怒り、それがなかなか解消されないまま続くと、自分は神さまに気に掛けてもらっていないとか、無視されているとか、それどころか嫌われているのではないかとか思ってしまいます。
しかし、私たちはイエスさまによって文字通り命がけで愛されていることを決して忘れてはなりません。全知全能の神さまに愛されている私たちは、何があっても絶対に大丈夫。必ず本当の幸せを手にすることができるし、たとえこの地上でそれを実感できなくても、死んだ後の世で十分に味わうことができます。
そして、私たちはそんなにもイエスさまに愛されているのですから、他の人を邪険に扱ったり、自分で自分を粗末にしたりするような真似をしてはなりません。他の人の子とも、また自分自身のことも大切にしましょう。
かわいい私
以前出会ったAさんはうつ病で、いつも自分を責めて苦しんでいました。また、自分のような醜い人間が人に受け入れてもらえるはずがないと思い込んでいますから、他の人と深く交流することができませんでした。
心理学について学んできたAさんは、自分のこの自己卑下の傾向は、親子関係から来ていると気づいたそうです。小さいときから、親に非難罵倒されてきたために、すっかり自身を無くしてしまったのだということです。
そんなAさんは、たびたび自分の胃袋がひっくり返るような痛みを感じていました。自分の内面について話そうとすると、いつもそういう症状が出るのだそうです。まるで、親が胃の所に居座って、自分のことを今も責め立てているようだとAさんは言いました。
そんなAさんが、イエスさまを信じてクリスチャンとなりました。そして、自分があるがままの姿、罪あるままで赦され、愛されていることを繰り返し教えられました。
あるとき、Aさんはこんなイメージを浮かべました。胃の所に生まれたばかりの赤ちゃんの自分がいて、そんな自分を親が責め立てているイメージです。今までなら、ひっくり返るような胃の痛みを感じたところですが、その時のAさんはイメージの中でその赤ちゃんを抱き上げました。
そして優しく抱きしめながら、「あなたはイエスさまに愛されている大切な子だよ」と語りかけました。その時、にっこり笑う赤ちゃんの顔を見て、Aさんは「かわいい」と思ったそうです。親と同じように、自分で自分のことを「ダメ人間だ」と責めてきたのに、「かわいい」と。それからAさんはその子をまた胃の所に戻してあげました。
その後、胃がひっくり返るような痛みが襲ってくることはなくなりました。そして、うつ病も劇的に回復していったのです。
あなたは愛されている
「あなたは神さまに愛されています」「あなたは大切な宝物です」「あなたは何があっても大丈夫、必ず幸せになれます」。
そんな言葉を自分や周りの人にいつも投げかけましょう。神さまが愛してくださり、大切にしてくださり、絶対に幸せにすると約束してくださっているのですから。